俺には好きな人がいる。その人は少し不器用で言葉遣いが荒いけど、その分気遣いができて、俺のかわいいものが好きという趣味も受け入れてくれた人だ。

 名前は佐倉真斗くん。今年、部長の高瀬先輩の紹介で手芸部に入ってきた生徒だ。

 初めは、あまり話さないし少し怖い人なのかと思っていた。

それに俺は人との距離感が他の人と比べて近いらしい。そのことがきっかけで、交友関係が駄目になってしまったことが何度かあった。

 佐倉くんに話しかけた時も、一瞬戸惑ったような顔になっていた。今回も失敗かな。また変に思われる。そう覚悟した。けれど彼は予想とは違う答えを返してきた。

『面白いな葉月は』

 そんな答えが返ってきたのは初めてで、どんな反応をするべきかわからず、黙ってしまった。

 その後も失礼なことを行ってしまった俺に対しても普通に接してくれた。

 その時見せてくれた笑顔が可愛くて印象に残っている。

 初めはやる気があまりない様子だったけれど、だんだんと手芸に興味を持ってくれたらしく教えるのが楽しかった。

 今まで部活に同級生がいなかったので、舞い上がっていた部分もあった。

 前髪が邪魔だった時にはヘアピンを貸してくれた。今まで前髪で隠れていた視界がクリアになって、佐倉くんの顔がよく見えた。

 あの時佐倉くんの頬が赤くなっていると思ったのは俺の見間違いだったのかな。

 部活に行くごとに距離が縮まっていく感覚がもどかしくて、新鮮だった。

 かわいいものが好きだって隠していた時も、佐倉くんは俺が言うまで待ってくれた。傷つけるような態度をとっていたのに、問いただすようなことはしなかった。

 俺を大切にしてくれている。こんなことは初めてだ。手芸部の先輩は俺に優しい。でも、佐倉くんとはまた別のものだと感じる。

 側にいるだけで、胸が苦しい。俺のことをずっと見ていてほしいと思ってしまう。ほんの少しの距離がもどかしくて、飛び越えていきたいと思う。でも、それじゃ佐倉くんに嫌われてしまうから。

 だから、佐倉くんが自動車に轢かれかけた時、心配反面、近づけた嬉しさ反面の気持ちが入り混じっていた。

赤信号の中飛び出していく姿を見て心臓が止まるかと思ったのは本当。けれど、佐倉くんを庇うようにして倒れて顔が触れそうな距離に来た時に、ずっとこのままでいたいと願うほど嬉しかった。本来なら彼の身を案じるべきなのに、勝手なことばかり考えてしまう自分に嫌気がさす。

 その後のスイーツバイキングの店の帰りに寄ったアクセサリー店で佐倉くんへ渡したヘアピンは、お礼の意味も込めて入るけれどもう少し別の意味がある。

 佐倉くんに渡した桔梗の花言葉は、誠実と感謝。彼の性格と感謝を伝えるのにぴったりだと思った。

 そして、自分に選んだのは黄色のチューリップ。花言葉は見込みのない恋。これは俺自身への自戒の言葉。どんなに距離が縮まったとしても、期待しちゃいけない。男女の間でさえ恋が実るのは奇跡だと言われている。ましてや男同士がそんな関係になるなんて。

 そんな奇跡を望んじゃいけない、きっと罰が当たる。ただ側にいるだけで十分に幸せだ。

 佐倉くんにヘアピンを渡すと、すごく喜んでくれた。嬉しい反面、良心が痛む。ごめんね、自分勝手で。

 どんな形でもいい、君のそばにいられたらいい。だからどうかこのままでいさせて。

 そう思っていたのに、部全員で手芸のワークショップに行った時、俺は高瀬先輩に頼まれて、佐倉くんと的場先輩を探してきてほしいと言われた。

 もしかしたら迷っているかもしれないからと。確かに的場先輩は自由奔放なところがある。振り回されていないといいけど。

 ようやく見つけた二人は、驚くほどに密着しあっていた。少し考えれば、佐倉くんが的場先輩をどこかへ行かせないようにするために腕を組んでいたのだとわかる。でもその時はどうしようもなく苛立ってしまっていた。

 佐倉くんと近づかないで。その手を離して。

 先日高瀬先輩が倒れた時もそうだ。

『雪哉くん!』

 佐倉くんは高瀬先輩を下の名前で呼んでいた。今までそんなふうに呼んだことはなかったのに。

 二人は確かに仲が良さげだったけれど、下の名前を呼び合うことはなかった。

 倒れ込んだ高瀬先輩を見て、青ざめながら、今にも倒れてしまいそうなほど思い詰めた表情をしている。それほど佐倉くんにとって大切な存在なんだ。

 そんな風に想ってもらえる先輩が羨ましい。……俺も倒れたら同じくらい心配してくれるかな。

 そこまで想像がいって、慌てて頭の中から振り払う。

 先輩が倒れている中、俺は自分のことしか考えていない。そんなんじゃ、どんな奇跡が起こっても佐倉くんが俺を好きになってくれることはない。

 ......なんだ結局、花言葉に縋って見込みのない恋だなんて言って、好きになってもらえるのを諦めていないじゃないか。浅ましい気持ちに吐き気がする。

 せめてもの罪滅ぼしに、高瀬先輩の荷物を保健室まで持っていくことにした。保健室にいる先輩には付き添っている佐倉くんがいる。

 いつもなら、会えて嬉しいはずなのに今回ばかりは気が重かった。

 そんな中俺は保健室に行く途中で佐倉くんと出会った。

 先ほど、高瀬先輩が目覚めたそうで手芸部に残っている的場先輩と水戸くんに報告しに行くそうだ。

 先輩の目が覚めたと話す佐倉くんは本当に嬉しそうで、目尻が少し赤くなっていた。泣いたんだ。それほど大切な存在なんだ。

 また現実を突きつけられて、胸が痛い。

 ここまでの反応を見て気づかない方がおかしい。佐倉くんと高瀬先輩は付き合っているんだ。そうであれば、今までの行動に説明がつく。

 普通の人よりも近い距離、緊急時に咄嗟に出てくる名前が名字では下の名前だったこと、目が覚めたことに対して嬉しそうに微笑む姿も。

 もう好きになってもらうとかの次元の話ではなかった。彼にはもう好きな人がいる。そこに俺の入り込む余地はない。

 相手があの高瀬先輩なら余計に。

 わかっているのに、目が合うたびに心臓が跳ねて、会話をしただけでその日一日が最高の日になる。

 こんな不毛な気持ちさっさと捨ててしまいたい。そんな考えとは裏腹に、会うたび気持ちは膨らんでいくばかりだ。

 これからも、俺は片思いを続けていくんだろう。張り裂けそうな気持ちを抱えながら。