「好き?」
「安心するし、隣にいると楽しいし、他に友達居ないから喋るなって言われても困らないし。大和と会ってから、友達って本当は良いもんだったんだって思うようになった」

 考える間もなく、頭の中に浮かぶ言葉を端から言っていく。謝ってほしくない、お前が一番だって分かって欲しい。
 でも、大和の表情は月が隠れた空みたいに曇ってしまった。

「友達……」
「お前は違うのか?」
「違う。ごめんね蓮。全然違うんだ」

 大和は顔を強張らせ、ベンチから立ち上がる。
 ジリジリと後ずさりし始めたので俺も慌てて立ち上がった。もし逃げられたら、俺では大和に追いつけない。

「君と僕は、好きが違う」
「好きに違うもなにもないだろ! 俺は、お前が一番大事で、お前だけが友達でいてくれたら他のやつなんてどうでも良いのに!」

 話がちゃんと終わるまで返さない。そんな気持ちで手首を掴むと、大和の目の端にふっくりと雫が湧いてきて。
 零れ落ちた。

「違うよ」

 ライトに照らされてキラキラと落ちていく涙に胸が軋む。俺は何かを間違えて、また人を傷つけたらしい。
 でもあの時みたいに正解を教えてくれる第三者はここにはいない。自分で聞いて、誤解があるなら自分で訂正しないと。

 逃げそうになる心と足を叱咤して、俺は手首を握る手に力を込めた。

「何が違うんだよ」
「なんでもない。嫌われたくない。余計なこと言った、ごめん。もう一生言わないから、同じ好きになるように頑張るから。やっぱり一番の友達でいて。僕、僕、迷惑かけな」
「大和」

 俺は手を伸ばして、濡れて冷たくなった頬に添える。
 本音を覆い隠そうとする弾丸トークがピタリと止まった。
 親指に伝う雫をガラス細工に触れるように拭い、俺は出来るだけ柔らかく聞こえるように語りかける。

「嫌いにならないから、言ってくれ」
「なるよ」
「俺だって、お前に無理させたくない。無理に友達でいて欲しいわけじゃない」
「……っ蓮」

 大和の長い片腕が俺の腰に回る。ギュッと体をくっつけて、肩に顔を埋めてきた。ワイシャツが濡れる感覚と共に、か細い涙声が耳元で聞こえてくる。

「気持ち悪いって、思っても言わないって約束してくれる?」
「する」

 力強く言い切ると、大和はしゃくり上げながら言葉を紡ぐ。

「僕、蓮といっぱい一緒にいて、い、いっぱい触れ合って……ずっとくっついていたい」
「俺も」

 声を出すたびに胸が動いて肩が揺れて、子どもが泣いてるみたいだ。
 俺は手首から手を離して、広い背中に両手を当てた。さすってやると、大和は言葉通り両腕で強く抱きしめてきた。

「一番になりたい」
「一番だよ」

 なんとなく、分かってきた。
 今まで友だちがいなかったから気づかなかった。
 名前のわからないこの感情は、友情とは少し違ってて。たぶんもっと、ややこしいやつ。

 大和は俺より先に自覚して、ずっと悩んでたんだ。
 最近までの素っ気ない行動は、全部俺に嫌われないようにするためだった。他にどうすれば良いのか分からなかったんだよな。

 俺もきっと、順番が違ったらそうだった。

「お前が思ってること、全部教えてくれ」
「他の人と話さないで欲しい。僕だけを見てほしい」
「そうしたい」

 お互い以外いらないんだと言いたいけれど、実現できると信じ込めるほどお互いに子供じゃない。

 俺が頬を黒髪に擦り寄せると、大和が鼻の赤い顔を上げた。
 涙で輝く目が綺麗で、そこに写っているのが今だけは俺一人なのが嬉しい。

「特別なんだ」
「うん」

 俺は大和だけ、大和は俺だけを見ている。
 こんな距離じゃ、他のものなんて見えはしない。

 音ももう、木のざわめきも川の流れも何も耳に入らない。大和の息遣いと、どちらのものかも分からない心臓の音しか聞こえない。

 なんでだろう。どちらかが合図したわけでもないのに、俺たちは目を閉じた。
 顔の体温が更に近づいて、ふわりと唇を重ね合わせる。

 すぐに離れたから目を開けると、ライトの光だけでも分かるくらいに大和が真っ赤になっていた。

「紅葉に負けねぇな」
「蓮もだよ。明るいところで見たかったな」
「夜で良かった」

 熱い頬を合わせて、もう一回キスをする。
 ファーストキスはレモン味なんて誰が言ったんだ。
 唇が触れるだけで味なんかしやしない。
 でも、触れるだけでも幸せで。脳が甘く痺れてきた。
 体の全部が脈打っていて、もう何が何だか分からない。

「あ」

 薄く開いた目の端に光が差し込む。雲が流れて半月が顔を出していた。
 俺は大和を抱きしめ直して、今まで見たことないほど鮮やかな輝きに目を細めた。

「本当だ。月、綺麗だな」
「蓮と見てるからね」

 金髪を撫でてくれる手が心地良いけど、サラリと告げられた言葉に思わず口元が緩む。

「お前、意外と気障だな」
「……ネットで『月が綺麗ですね』って調べて」

 って照れ臭そうに言ってきたから、俺は言われた通りにスマホを取り出した。

「え、今!?」

 大和が目を丸くして慌てたけど、俺は腕の中で指を動かした。
 情緒のかけらもないが、気になって仕方がない。「月が綺麗ですね」に大和が言いたいことが詰まってるはずだ。

 そして検索した俺は、大和の腕からすり抜けてその場にしゃがみ込んだ。

「れ、蓮?」

 視線を合わせようと腰を落とした大和の頬を掴んで、俺はまた唇を奪う。

 分かるわけない。伝わるわけない。

 これで「I love you」になるなんて、察し能力レベルMAXだ。

「もっと分かりやすく言えよ」
「ちょっとカッコつけたくて」

 気持ちは分かるけど相手を考えろ馬鹿、なんて言えないまま。
 俺たちはひとしきり笑い合った。