祭りは準備期間が一番楽しいとよく聞くけど、当日もみんな楽しそうだ。
お化けの格好をして看板持ってたり、法被を着て着て水風船持ってたり、メイド服を着ている男子が大笑いしてたり、ギターぶら下げてチラシ配ってたり。
それぞれの出し物をアピールして、友だちや家族、そうじゃない人にも廊下や校庭で話しかけている。
(すげぇな)
俺はあんな風に人に声を掛ける係は絶対やりたくなかったから、受付係として教室の前に置いた椅子に座っていた。用意された猫柄のメモ帳に、やって来た人数を「正」の字で記録していく。
隣のクラスがやってるお化け屋敷のついでに見ていく人たちがいて、意外と盛況していた。
人の流れをぼんやりと見送りながら、俺は大和のことを考えた。あれからは結局、一度も顔を合わせてない。
人付き合いレベルが小学生で止まってる俺がいくら考えても、解決方法なんて出てこない。
もしかしたら大和もどうしたら良いかわかんないから困ってんのかもって思いながら、昨日とりあえず受付番が終わる時間だけ連絡した。
『了解』
短いけど返事が来たから、とりあえずはホッとしたけど。本当に来てくれるのか。
受付番を交代した俺は、廊下の窓にもたれかかって何も知らせてこないスマホを眺める。
「レンレン」
(用事入ったから行けないって連絡くるかもなぁ)
「レンレンったらー! 聞いてる?」
「……」
急に覗き込まれて心臓が止まるかと思った。
そして当然、聞いているはずがない。まさか話しかけられているとは思わなかった。
聞いてなかったからもう一回頼むって言おうとしたら、何も言わなくても覗き込んできた女子は口を開いた。
「あのさ、今から彼氏と回ってくるから髪直すんだけどね? 髪飾り、今つけてるのとこっちとどっちが良いと思う?」
なんで俺に聞こうと思ったんだ。でも、これの答えは知ってるぞ。
「どっちも似合うと思う」
「どっちか選んでよー!」
なんだと。そのパターンもあるのか。
改めてピンク色に彩られた爪の先にある、赤と青のリボンにちゃんと目を向ける。心の底からどっちでもいい。
どっちが良いか聞いてても、実は正解があるんじゃないかと勘ぐりすぎて選べなかった。
「俺は自分以外のやつが選んだのを恋人につけてほしくないと思う」
意見を聞かれてるんだから、と思って本音を言ってみる。余計なお世話かもしれないとビクついてるのが分からないように、俺は無表情を貫いた。
風を起こせそうなつけまつ毛が、バサリと空気を仰ぐ。答えを間違えて泣かせてしまった幼い顔が頭をよぎった。そういえばあの子も、涙が溢れる前に何度も瞬きを繰り返していたっけ。
「ほんとだ! アタシも他の女に選んでもらったって知ったらキレるわ。ありがとう!」
キリキリする胃に手を当てていたけど、彼女は明るい笑顔と声でウインクしていった。
(良かった……正解、だった)
スカートを閃かせる後ろ姿を見送って椅子にもたれかかると,ドッと全身から汗が吹き出してくる。バクンバクンと心臓から嫌な音がする。深呼吸していると、手元から救いのメロディが聞こえた。
メッセージアプリの着信音だ。
『校門に着いたんだけど、どの辺りに居たらいい?』
業務連絡みたいな文章なのに、すごくホッとする。さっきまでまずどんな話をしようかと悩んでたのに、今は出来るだけ早く会いたい。
窓の外を覗くと、模擬店が並ぶエリアから少し離れた校門のところに大和が見えた。遠くから見ても、顔が小さくて足が長いからすごく目立つ。
他校生も制服で来なきゃいけないようになってるから尚更だ。
さすがに俺が見てるのには気づかない。
『そっちいく』
とだけ送って、俺は急いで廊下を移動する。
その道中、
「ねぇねぇ、校門のとこにイケメン来てるって!」
「あれ、なんつったっけ。すげぇ頭いいとこだろ」
とかいう声が聞こえてきて、大和がものすごく注目を浴びていることが伝わってきた。早く行ってやらないと囲まれてしまう。花火大会の時にフリーズしていた大和を思い出して気が急く。
模擬店に並ぶ人混みを掻き分けて全力で校門にたどり着くと、意外と誰に話しかけられることもなく一人で佇んでいた。どうやら高嶺の花すぎて、みんな遠巻きに様子を伺っているようだ。
俺は安心して足の動きを緩め、呼吸を整えてから声を掛けた。
「大和」
「蓮君、良かった会えて」
どこか声が固いのは、慣れない場所だからってだけじゃないだろう。表情もいつもの涼しい無表情じゃなくて、ぎこちない笑顔を浮かべている。
大和も俺にどう接していいか分からないんだ。
なんでそんなことになってしまったかはどんなに考えても答えは出なかったけど、嫌われてるわけじゃないって思いたい。
「まずは、俺のクラスに」
「ねぇねぇ、レンレンのお友だち?」
「色々レベル高っ! 中学が一緒なの?」
「花火大会の時、バ先が一緒だって聞いたよ!」
突然、女子が群がってきて、俺と大和は仲良く固まった。
少し離れて見ていたはずの野次馬の中に、クラスメイトがいたらしい。そしてそのどさくさに紛れて、他の女子たちも口々に声を掛けてくる。
恐るべしエリート校のイケメン。話しかけては来ないが、男子達の羨望の眼差しもなかなかのものだ。
中心にいるはずの大和を置いてけぼりにして盛り上がる女子を横目に、俺は大和の白いベストをちょいちょいと引っ張った。
「あー……うちのクラスの見にいくか」
「そうだね」
俺たちは逃げるように早足で校庭から教室に向かう。食べ物を売ってる模擬店なんかもあってゆっくり回りたいけど、とにかく女子を撒くことに専念する。
教室にたどり着いた時には、二人して口を閉じたまま大きく肩を上下させる羽目になっていた。
部屋の中に入ると、大和はぐるりと体を回して全体を見た。全ての壁に春夏秋冬に合わせた絵が貼り付けられている。
桜、海、紅葉、雪のイラストは、全て画用紙に色をつけて張り合わせ、大きな作品にしたもの。
昨日ようやく仕上げた時は、皆が歓声を上げていた。俺も、少ししか参加してないのに「すごい」と一人でつぶやいたくらいだ。
大和は窓に貼り付けられた紅葉に引きつけられるように近づいていった。
「すごいね。大変だったでしょ」
「俺は画用紙に色塗っただけだけどな」
「この辺の色塗ったの、レンレンなんだよ!」
一番鮮やかな紅い葉っぱ数枚のところを、結局追いついてきたクラスメイトが手のひらで示す。他の女子もなんだかんだと説明しているのを、大和はきちんと頷いて聞いていた。
グイグイいく彼女たちは、完全に大和を取り囲んでいて。
「綺麗な色だね」
心なしか、大和がいつもより愛想がいい。なんかニコニコしている。女子に囲まれてこいつニコニコしてるぞ。
空気に耐えられない俺は一歩離れたところから見てるっていうのに。
「次のとこ行くか。色々あるから回ろうぜ」
腹の奥がモヤモヤというかムカムカしてきた俺は、女子たちと大和に割り込むようにして声を掛けた。自分で思ってたより低い声が出て、不機嫌丸出しになってしまった気がして俯く。
大和は気にした様子もなくすぐに振り返って、俺の方に来てくれた。
「一緒に回ろうよー!」
そして、それを簡単に見逃してくれるなら苦労はしない。
「えーっと……」
まとわりつくクラスメイトたちの対応に大和は困って眉を下げている。いつもみたいに無表情の無愛想で振り払えばいいのにそれをしない。
「ちょっと、気を遣ってくれ」
気がついた時には、もう口から溢れ出ていた。
俯いたまま大和のベストの裾を掴んだ俺は、驚いて口を閉じた女子たちに言葉を落とす。
「頼む」
俺は、大和と二人で文化祭を回りたい。
お化けの格好をして看板持ってたり、法被を着て着て水風船持ってたり、メイド服を着ている男子が大笑いしてたり、ギターぶら下げてチラシ配ってたり。
それぞれの出し物をアピールして、友だちや家族、そうじゃない人にも廊下や校庭で話しかけている。
(すげぇな)
俺はあんな風に人に声を掛ける係は絶対やりたくなかったから、受付係として教室の前に置いた椅子に座っていた。用意された猫柄のメモ帳に、やって来た人数を「正」の字で記録していく。
隣のクラスがやってるお化け屋敷のついでに見ていく人たちがいて、意外と盛況していた。
人の流れをぼんやりと見送りながら、俺は大和のことを考えた。あれからは結局、一度も顔を合わせてない。
人付き合いレベルが小学生で止まってる俺がいくら考えても、解決方法なんて出てこない。
もしかしたら大和もどうしたら良いかわかんないから困ってんのかもって思いながら、昨日とりあえず受付番が終わる時間だけ連絡した。
『了解』
短いけど返事が来たから、とりあえずはホッとしたけど。本当に来てくれるのか。
受付番を交代した俺は、廊下の窓にもたれかかって何も知らせてこないスマホを眺める。
「レンレン」
(用事入ったから行けないって連絡くるかもなぁ)
「レンレンったらー! 聞いてる?」
「……」
急に覗き込まれて心臓が止まるかと思った。
そして当然、聞いているはずがない。まさか話しかけられているとは思わなかった。
聞いてなかったからもう一回頼むって言おうとしたら、何も言わなくても覗き込んできた女子は口を開いた。
「あのさ、今から彼氏と回ってくるから髪直すんだけどね? 髪飾り、今つけてるのとこっちとどっちが良いと思う?」
なんで俺に聞こうと思ったんだ。でも、これの答えは知ってるぞ。
「どっちも似合うと思う」
「どっちか選んでよー!」
なんだと。そのパターンもあるのか。
改めてピンク色に彩られた爪の先にある、赤と青のリボンにちゃんと目を向ける。心の底からどっちでもいい。
どっちが良いか聞いてても、実は正解があるんじゃないかと勘ぐりすぎて選べなかった。
「俺は自分以外のやつが選んだのを恋人につけてほしくないと思う」
意見を聞かれてるんだから、と思って本音を言ってみる。余計なお世話かもしれないとビクついてるのが分からないように、俺は無表情を貫いた。
風を起こせそうなつけまつ毛が、バサリと空気を仰ぐ。答えを間違えて泣かせてしまった幼い顔が頭をよぎった。そういえばあの子も、涙が溢れる前に何度も瞬きを繰り返していたっけ。
「ほんとだ! アタシも他の女に選んでもらったって知ったらキレるわ。ありがとう!」
キリキリする胃に手を当てていたけど、彼女は明るい笑顔と声でウインクしていった。
(良かった……正解、だった)
スカートを閃かせる後ろ姿を見送って椅子にもたれかかると,ドッと全身から汗が吹き出してくる。バクンバクンと心臓から嫌な音がする。深呼吸していると、手元から救いのメロディが聞こえた。
メッセージアプリの着信音だ。
『校門に着いたんだけど、どの辺りに居たらいい?』
業務連絡みたいな文章なのに、すごくホッとする。さっきまでまずどんな話をしようかと悩んでたのに、今は出来るだけ早く会いたい。
窓の外を覗くと、模擬店が並ぶエリアから少し離れた校門のところに大和が見えた。遠くから見ても、顔が小さくて足が長いからすごく目立つ。
他校生も制服で来なきゃいけないようになってるから尚更だ。
さすがに俺が見てるのには気づかない。
『そっちいく』
とだけ送って、俺は急いで廊下を移動する。
その道中、
「ねぇねぇ、校門のとこにイケメン来てるって!」
「あれ、なんつったっけ。すげぇ頭いいとこだろ」
とかいう声が聞こえてきて、大和がものすごく注目を浴びていることが伝わってきた。早く行ってやらないと囲まれてしまう。花火大会の時にフリーズしていた大和を思い出して気が急く。
模擬店に並ぶ人混みを掻き分けて全力で校門にたどり着くと、意外と誰に話しかけられることもなく一人で佇んでいた。どうやら高嶺の花すぎて、みんな遠巻きに様子を伺っているようだ。
俺は安心して足の動きを緩め、呼吸を整えてから声を掛けた。
「大和」
「蓮君、良かった会えて」
どこか声が固いのは、慣れない場所だからってだけじゃないだろう。表情もいつもの涼しい無表情じゃなくて、ぎこちない笑顔を浮かべている。
大和も俺にどう接していいか分からないんだ。
なんでそんなことになってしまったかはどんなに考えても答えは出なかったけど、嫌われてるわけじゃないって思いたい。
「まずは、俺のクラスに」
「ねぇねぇ、レンレンのお友だち?」
「色々レベル高っ! 中学が一緒なの?」
「花火大会の時、バ先が一緒だって聞いたよ!」
突然、女子が群がってきて、俺と大和は仲良く固まった。
少し離れて見ていたはずの野次馬の中に、クラスメイトがいたらしい。そしてそのどさくさに紛れて、他の女子たちも口々に声を掛けてくる。
恐るべしエリート校のイケメン。話しかけては来ないが、男子達の羨望の眼差しもなかなかのものだ。
中心にいるはずの大和を置いてけぼりにして盛り上がる女子を横目に、俺は大和の白いベストをちょいちょいと引っ張った。
「あー……うちのクラスの見にいくか」
「そうだね」
俺たちは逃げるように早足で校庭から教室に向かう。食べ物を売ってる模擬店なんかもあってゆっくり回りたいけど、とにかく女子を撒くことに専念する。
教室にたどり着いた時には、二人して口を閉じたまま大きく肩を上下させる羽目になっていた。
部屋の中に入ると、大和はぐるりと体を回して全体を見た。全ての壁に春夏秋冬に合わせた絵が貼り付けられている。
桜、海、紅葉、雪のイラストは、全て画用紙に色をつけて張り合わせ、大きな作品にしたもの。
昨日ようやく仕上げた時は、皆が歓声を上げていた。俺も、少ししか参加してないのに「すごい」と一人でつぶやいたくらいだ。
大和は窓に貼り付けられた紅葉に引きつけられるように近づいていった。
「すごいね。大変だったでしょ」
「俺は画用紙に色塗っただけだけどな」
「この辺の色塗ったの、レンレンなんだよ!」
一番鮮やかな紅い葉っぱ数枚のところを、結局追いついてきたクラスメイトが手のひらで示す。他の女子もなんだかんだと説明しているのを、大和はきちんと頷いて聞いていた。
グイグイいく彼女たちは、完全に大和を取り囲んでいて。
「綺麗な色だね」
心なしか、大和がいつもより愛想がいい。なんかニコニコしている。女子に囲まれてこいつニコニコしてるぞ。
空気に耐えられない俺は一歩離れたところから見てるっていうのに。
「次のとこ行くか。色々あるから回ろうぜ」
腹の奥がモヤモヤというかムカムカしてきた俺は、女子たちと大和に割り込むようにして声を掛けた。自分で思ってたより低い声が出て、不機嫌丸出しになってしまった気がして俯く。
大和は気にした様子もなくすぐに振り返って、俺の方に来てくれた。
「一緒に回ろうよー!」
そして、それを簡単に見逃してくれるなら苦労はしない。
「えーっと……」
まとわりつくクラスメイトたちの対応に大和は困って眉を下げている。いつもみたいに無表情の無愛想で振り払えばいいのにそれをしない。
「ちょっと、気を遣ってくれ」
気がついた時には、もう口から溢れ出ていた。
俯いたまま大和のベストの裾を掴んだ俺は、驚いて口を閉じた女子たちに言葉を落とす。
「頼む」
俺は、大和と二人で文化祭を回りたい。