難しい。
すぐに黄色が破れてしまう。なんとか箸で形を整えても、思ったような形にならない。
この四角いフライパンを使えば、それっぽい形になるんだと思ったのは勘違いだったらしい。
俺の人生初の卵焼きは、グズグスぐちゃぐちゃ。
卵焼きというよりは焼き過ぎた卵だ。
「ひどい……」
「最初はそんなもんよ! 上出来上出来ー!」
女将さんは俺の背中を叩いて励ましてくれるけど、どう見ても卵と砂糖の無駄遣いだ。
まともに出来たのは卵を割ることだけ。俺は大さじの使い方も正直に言ってよく分かっていなかった。家庭科で習った気もするんだけどなぁ。
置いてくれた白い角皿に盛りつけてはみたものの、手本で作ってくれた女将さんの卵焼きと同じものとは思えない。というか、正真正銘の別物だ。
どうしてこんなにふっくらとした長方形になるのだろう。
「すみません。せっかく貴重な休み時間に教えてもらったのに」
土曜日のランチ時間が終わった後。本来ならホッと一息ついている頃だ。
しかも女将さんが普段は人を入れないという台所を使わせてもらっている。
たかが卵焼きがこんなに難しいとは思わなかった。大将がだし巻き卵を作ってる時、すごく簡単そうに見えたのに。
「ふふ、片付けはしてあげるから食べてみなさいな。それともお母さんやお父さんにかしら?」
「いえ……大和が好きって言ってたから……」
別にこんなに正直に答えなくてもいいのに口が動いてしまった。この年で両親に卵焼きってのもなかなか恥ずかしいけど、友だちにってのも意味分かんねぇよな。
俺の気恥ずかしさとは裏腹に、女将さんは可愛い孫の話になったからなのか興奮気味に声を弾ませた。
「そうなのよ! あの子、子供の頃からこれが好きでねぇ。小さい時に教えてくれってせがまれたこともあるのよ」
大和は俺が思ってるより女将さんの卵焼きが好きだったらしい。自分で作れたらいつでも食べられるって思ったんだろうか。
可愛らしいが、絶対にこんな謎の卵を食わせるわけにはいかなくなった。
シンクで水が跳ねる音をさせながら、女将さんは懐かしそうに目を細めて肩を震わせる。
「でも上手に出来なかったから拗ねちゃってそれっきり。勉強はあんなに頑張れるのに、卵焼きは頑張れないみたい」
俺なら勉強よりは頑張れるぞ。
コミュ症なとこ以外欠点がないやつだと思ってたけど、料理は出来ないのか。誰にでも向き不向きがあるんだな。
俺はテーブルに女将さんの卵焼きと自分の卵焼きを並べてみる。見た目は違うけど、材料も分量も同じだ。意外と味は同じなのかもしれない。
俺はまず女将さんの卵焼きを口に運んだ。冷めててもふんわりしてて、デザートみたいに甘い。自然と表情が緩んでしまう旨さ。
それに対して、俺の卵焼きはゴワゴワしててなんか固い。材料も分量も同じはずなのに全然味が違うように感じて眉を顰めてしまった。
出されたら普通に食べるけど、別に美味しくない。
子どもの頃の大和がやる気をなくした理由が分かる気がする。同じように出来るビジョンが全く湧かないんだ。
やっぱりとても食べてもらえるクオリティじゃないから、大和と話すキッカケはまた別で考えるとして。
悔しいから、俺はせめて卵焼きの形になるまでは頑張ろう。
「家でも、練習してみます」
「頑張ってね! 私にも食べさせて!」
手際よく洗い物を終わらせた女将さんが、濡れた両拳を握って見せてくれる。でも女将さんの口に入れられるクオリティになるには一〇年以上かかりそうだから曖昧に頷いた。
自分のだけでもさっさと処理をしてしまおうと箸を持つと、女将さんが視線を動かす。
「あら大和、おかえりなさい」
「ただいま、いい匂い……、なんで」
塾だったはずの大和が帰ってきてしまった。俺は慌てて自分で焼いた卵焼きを腕で隠して、なんでいるのかって顔をしている大和を見る。
卵焼きになるはずだったものを見られたくないから俺のことをスルーして部屋に戻って欲しいのに、こういう時に限って足を止めて観察してきた。俺の腕の中が気になってしょうがないらしい。
「いや、えーっと」
誤魔化そうとして無意味に口をパクパクするが、何も言い訳が浮かばない。穏便に追い払う言葉も思いつかない。
「蓮くんね、卵焼きを教えて欲しいってきたのよ! 気に入ってくれたみたい」
ウジウジしてるうちに、女将さんがにこやかに伝えてしまった。「大和が好きだから」という部分を伏せてくれたのは大人の配慮かな。
もちろん俺の目的なんて知るはずのない大和は、
「へぇ」
と短く頷いてダイニングテーブルに座った。ここのところわざと避けてた癖に、よりによって俺の隣に。無表情なせいもあって、何を考えてるのかさっぱり分からない。
話すきっかけが欲しかったから、俺の計画は成功したと言っても過言ではない。でも思ってたのと違う。作ったやつを「味見してくれ」って言うつもりだった。
「じゃあ私はそろそろお店に戻るから、食べ終わったら置いといてね!」
女将さん、空気を読んでさっさといなくなってしまった。出来ればもう少し居て、いつもの世間話で場を盛り上げて欲しかったのに。
自分たちでなんとかしろってことなんだろうか。
すぐに黄色が破れてしまう。なんとか箸で形を整えても、思ったような形にならない。
この四角いフライパンを使えば、それっぽい形になるんだと思ったのは勘違いだったらしい。
俺の人生初の卵焼きは、グズグスぐちゃぐちゃ。
卵焼きというよりは焼き過ぎた卵だ。
「ひどい……」
「最初はそんなもんよ! 上出来上出来ー!」
女将さんは俺の背中を叩いて励ましてくれるけど、どう見ても卵と砂糖の無駄遣いだ。
まともに出来たのは卵を割ることだけ。俺は大さじの使い方も正直に言ってよく分かっていなかった。家庭科で習った気もするんだけどなぁ。
置いてくれた白い角皿に盛りつけてはみたものの、手本で作ってくれた女将さんの卵焼きと同じものとは思えない。というか、正真正銘の別物だ。
どうしてこんなにふっくらとした長方形になるのだろう。
「すみません。せっかく貴重な休み時間に教えてもらったのに」
土曜日のランチ時間が終わった後。本来ならホッと一息ついている頃だ。
しかも女将さんが普段は人を入れないという台所を使わせてもらっている。
たかが卵焼きがこんなに難しいとは思わなかった。大将がだし巻き卵を作ってる時、すごく簡単そうに見えたのに。
「ふふ、片付けはしてあげるから食べてみなさいな。それともお母さんやお父さんにかしら?」
「いえ……大和が好きって言ってたから……」
別にこんなに正直に答えなくてもいいのに口が動いてしまった。この年で両親に卵焼きってのもなかなか恥ずかしいけど、友だちにってのも意味分かんねぇよな。
俺の気恥ずかしさとは裏腹に、女将さんは可愛い孫の話になったからなのか興奮気味に声を弾ませた。
「そうなのよ! あの子、子供の頃からこれが好きでねぇ。小さい時に教えてくれってせがまれたこともあるのよ」
大和は俺が思ってるより女将さんの卵焼きが好きだったらしい。自分で作れたらいつでも食べられるって思ったんだろうか。
可愛らしいが、絶対にこんな謎の卵を食わせるわけにはいかなくなった。
シンクで水が跳ねる音をさせながら、女将さんは懐かしそうに目を細めて肩を震わせる。
「でも上手に出来なかったから拗ねちゃってそれっきり。勉強はあんなに頑張れるのに、卵焼きは頑張れないみたい」
俺なら勉強よりは頑張れるぞ。
コミュ症なとこ以外欠点がないやつだと思ってたけど、料理は出来ないのか。誰にでも向き不向きがあるんだな。
俺はテーブルに女将さんの卵焼きと自分の卵焼きを並べてみる。見た目は違うけど、材料も分量も同じだ。意外と味は同じなのかもしれない。
俺はまず女将さんの卵焼きを口に運んだ。冷めててもふんわりしてて、デザートみたいに甘い。自然と表情が緩んでしまう旨さ。
それに対して、俺の卵焼きはゴワゴワしててなんか固い。材料も分量も同じはずなのに全然味が違うように感じて眉を顰めてしまった。
出されたら普通に食べるけど、別に美味しくない。
子どもの頃の大和がやる気をなくした理由が分かる気がする。同じように出来るビジョンが全く湧かないんだ。
やっぱりとても食べてもらえるクオリティじゃないから、大和と話すキッカケはまた別で考えるとして。
悔しいから、俺はせめて卵焼きの形になるまでは頑張ろう。
「家でも、練習してみます」
「頑張ってね! 私にも食べさせて!」
手際よく洗い物を終わらせた女将さんが、濡れた両拳を握って見せてくれる。でも女将さんの口に入れられるクオリティになるには一〇年以上かかりそうだから曖昧に頷いた。
自分のだけでもさっさと処理をしてしまおうと箸を持つと、女将さんが視線を動かす。
「あら大和、おかえりなさい」
「ただいま、いい匂い……、なんで」
塾だったはずの大和が帰ってきてしまった。俺は慌てて自分で焼いた卵焼きを腕で隠して、なんでいるのかって顔をしている大和を見る。
卵焼きになるはずだったものを見られたくないから俺のことをスルーして部屋に戻って欲しいのに、こういう時に限って足を止めて観察してきた。俺の腕の中が気になってしょうがないらしい。
「いや、えーっと」
誤魔化そうとして無意味に口をパクパクするが、何も言い訳が浮かばない。穏便に追い払う言葉も思いつかない。
「蓮くんね、卵焼きを教えて欲しいってきたのよ! 気に入ってくれたみたい」
ウジウジしてるうちに、女将さんがにこやかに伝えてしまった。「大和が好きだから」という部分を伏せてくれたのは大人の配慮かな。
もちろん俺の目的なんて知るはずのない大和は、
「へぇ」
と短く頷いてダイニングテーブルに座った。ここのところわざと避けてた癖に、よりによって俺の隣に。無表情なせいもあって、何を考えてるのかさっぱり分からない。
話すきっかけが欲しかったから、俺の計画は成功したと言っても過言ではない。でも思ってたのと違う。作ったやつを「味見してくれ」って言うつもりだった。
「じゃあ私はそろそろお店に戻るから、食べ終わったら置いといてね!」
女将さん、空気を読んでさっさといなくなってしまった。出来ればもう少し居て、いつもの世間話で場を盛り上げて欲しかったのに。
自分たちでなんとかしろってことなんだろうか。