大将と女将さん、常連客の人たちに挨拶して店を出る。
今日は忙しい日だったから、マラソンした後みたいに呼吸が浅くなっていた気がする。日没後は涼しくなってきた外の空気を、俺は大きく吸い込んだ。
(今日もいなかった)
大和と全く顔を合わせなくなった。
学校の授業や、模試、塾、とにかく勉強が大変らしくてなかなか俺がいる時間に帰ってこない。帰ってきていても部屋に篭ってるみたいで、女将さんも「何か根を詰めてるみたいなのよね」と心配そうだった。
様子を見てやってくれないかと言われたけど、俺が原因な気がしてならなくて部屋に行けないでいる。
(なんか、話すきっかけとかあればなぁ)
大和の好きなものとかでキッカケが作れないだろうか。俺は立ち止まって、いつも大和が話している漫画の名前をスマホで検索してみる。
あいにく前みたいに都合の良いイベントはなかったので、次はスマホゲームを見てみた。それも、コンビプレイだからポイントが増えるような特典とかは現在やっていない。
俺は、大和の好きなものを他に知らない事に気がついた。
(いつも飲んでるのがコーヒーだなってことしか……でもよくカフェで見かける期間限定系の甘いのは好きじゃなさそうだし……甘いの……?)
ふと閃いて、俺は踵を返した。
瞬きをしなくても大丈夫なくらいの時間で店に戻った俺は、紺色の暖簾を勢いよくくぐろうとする。が、そこでピタリと足を止めた。
明るい店内には客が沢山いる。騒めきが扉の外にいても聞こえてきて、まだまだ忙しい時間なのが伝わってきた。
(今、話しかけたら迷惑だよな)
冷静な自分が足を掴んで地面に縫い止める。今日じゃなくても良い、明日のもっと人が少ない時間にしろと注意してきた。
(明日、にすると……もっと冷静になってる気がする)
思いついたことを思いついたままにできるのは、今しかないと思った。
俺は一度目を瞑り、息を止めて暖簾をくぐる。
「あの」
「いらっしゃ……あらぁ蓮君! 何か忘れもの?」
空になった皿が乗った盆を持った女将さんが、すぐに気がついてわざわざ入り口まで来てくれた。
ありがたい。用があったのは女将さんだ。
俺は頭の中で、伝えたい文章を組み立てる。
「どうしたの?」
すぐには何も言わない俺にすでに慣れている女将さんは、忙しいはずなのに急かさずに待ってくれた。
「あの、卵焼きを」
「明日のまかないのリクエストかしら? 珍しいわね!」
何故か嬉しそうに顔を綻ばせる女将さんに、俺は勢いよく首を振った。
「た、卵焼き、作り方を……教えて、ください」
短い言葉を伝えるのに、何度も息継ぎをしてしまった。
手を強く握って決死の覚悟って顔をしている俺と、キョトンとしている女将さんの温度差で風邪をひきそうだ。
ジワリと額に滲んだ汗を拭うこともできずにいると。
「良いわよ。明日いらっしゃい」
にっこり笑った女将さんは、理由も聞かずに快諾してくれた。
今日は忙しい日だったから、マラソンした後みたいに呼吸が浅くなっていた気がする。日没後は涼しくなってきた外の空気を、俺は大きく吸い込んだ。
(今日もいなかった)
大和と全く顔を合わせなくなった。
学校の授業や、模試、塾、とにかく勉強が大変らしくてなかなか俺がいる時間に帰ってこない。帰ってきていても部屋に篭ってるみたいで、女将さんも「何か根を詰めてるみたいなのよね」と心配そうだった。
様子を見てやってくれないかと言われたけど、俺が原因な気がしてならなくて部屋に行けないでいる。
(なんか、話すきっかけとかあればなぁ)
大和の好きなものとかでキッカケが作れないだろうか。俺は立ち止まって、いつも大和が話している漫画の名前をスマホで検索してみる。
あいにく前みたいに都合の良いイベントはなかったので、次はスマホゲームを見てみた。それも、コンビプレイだからポイントが増えるような特典とかは現在やっていない。
俺は、大和の好きなものを他に知らない事に気がついた。
(いつも飲んでるのがコーヒーだなってことしか……でもよくカフェで見かける期間限定系の甘いのは好きじゃなさそうだし……甘いの……?)
ふと閃いて、俺は踵を返した。
瞬きをしなくても大丈夫なくらいの時間で店に戻った俺は、紺色の暖簾を勢いよくくぐろうとする。が、そこでピタリと足を止めた。
明るい店内には客が沢山いる。騒めきが扉の外にいても聞こえてきて、まだまだ忙しい時間なのが伝わってきた。
(今、話しかけたら迷惑だよな)
冷静な自分が足を掴んで地面に縫い止める。今日じゃなくても良い、明日のもっと人が少ない時間にしろと注意してきた。
(明日、にすると……もっと冷静になってる気がする)
思いついたことを思いついたままにできるのは、今しかないと思った。
俺は一度目を瞑り、息を止めて暖簾をくぐる。
「あの」
「いらっしゃ……あらぁ蓮君! 何か忘れもの?」
空になった皿が乗った盆を持った女将さんが、すぐに気がついてわざわざ入り口まで来てくれた。
ありがたい。用があったのは女将さんだ。
俺は頭の中で、伝えたい文章を組み立てる。
「どうしたの?」
すぐには何も言わない俺にすでに慣れている女将さんは、忙しいはずなのに急かさずに待ってくれた。
「あの、卵焼きを」
「明日のまかないのリクエストかしら? 珍しいわね!」
何故か嬉しそうに顔を綻ばせる女将さんに、俺は勢いよく首を振った。
「た、卵焼き、作り方を……教えて、ください」
短い言葉を伝えるのに、何度も息継ぎをしてしまった。
手を強く握って決死の覚悟って顔をしている俺と、キョトンとしている女将さんの温度差で風邪をひきそうだ。
ジワリと額に滲んだ汗を拭うこともできずにいると。
「良いわよ。明日いらっしゃい」
にっこり笑った女将さんは、理由も聞かずに快諾してくれた。