イケメンと一緒にいる浴衣着てる蓮くん。
 これが俺じゃなかったら奇跡だ。出来ることならその奇跡、今すぐココで起こって欲しい。
 しかし起こるわけもなく。

 おそらく同じクラスなのであろう女子たちの会話が聞こえた大和が、声のした方を向いてしまった。
 煌びやかな浴衣に身を包んだ、気合いの入ったヘアアレンジをしている女子たちの声が弾む。

「あっ! こっち見た!」
「ねぇねぇ蓮くんー!」
「この人、友だちー?」

 イケメンの引力はすごい。
 会話をしたことがあるかも分かんねぇ奴らが、俺の名前を呼びながらこっちにやってきてしまうんだから。
 どう考えても、普段は俺の不良スタイルに引いて遠巻きにしてるだろ。頼むから今も怖がれ。

 俺は返事をする代わりに、いつも通り目を合わせることもせず無視を決め込んだ。

「蓮くん、相変わらずツレないんだからー」
「初めまして! 私たち、蓮くんのクラスメイトなの!」

 こいつら、宇宙人認定だ。
 大和は宇宙人たちに囲まれて固まってしまった。全ての動作を止めて、真顔で突っ立っている。

「あれ? 照れてるのかな?」

 違う。普段関わることのない種類の人間に突然触れてしまって、大和の頭がフリーズしてしまっているだけだ。
 すぐにたこ焼きを食べきってこの場を離れるのが最善の策。でも、買ったばかりのたこ焼きは熱すぎて一気食いできやしない。

 俺は意を決して、女子たちの方を向いた。
 なんて言ったら良いんだ。どう話して立ち去ってもらうのが正解なんだ。
 本当は態度悪く追っ払ったら良いんだろうけど、大和の前でそれはしたくない。

 顔を上げた俺を見て、会話ができると確信したらしい。血色の良い頬を緩ませ、長いまつ毛で空気を仰いだ女子三人が俺の方へ体を向けた。

「このイケメンくんは中学の友達? うちの学校じゃないよね?」
「バイト先の友だち」
「バイトしてたんだ! すぐ帰るもんね蓮くん!」
「誰とも付き合わない一匹狼って感じなのに、ちゃんと友だちいたんだねー!」

 どうせついこの間できたばっかだよ。
 こいつらみたいに何も考えないで思ったことを口にするのが許されるなら、会話って思うより簡単なのかもしれない。
 俺への一問一答を元に、女子たちは勝手に盛り上がっている。その間に、俺は手早くたこ焼きを口に突っ込む。熱いけど、一刻も早くこの空間から抜け出したい。

「おい、大和もさっさと食えよ」
「え。あ、うん」
「ヤマトくんっていうんだ!」
「名前までかっこいいね!」
「あ、ありがとう」

 俺たちはなんとか無難な返事をしながら、たこ焼きに齧り付いてなんとか食べ終えた。
 急いだせいか口や喉、腹まで熱いし、緊張で手汗もひどい。せっかくのたこ焼きの味がさっぱり分からなかった。
 口の周りにソースやら青のりやらがついて格好つかねぇだろうなと思ってると、

「どーぞ!」

 女子の一人がウェットティッシュを差し出してくれる。
 用意がいいな。これは俺も大和もありがたくいただいた。
 宇宙人だけど、どうやら悪いやつではないらしい。

「二人ともお腹空いてたの?」
「早かったねー!」
「花火までまだあるし、一緒にまわろーよ!」

 どうしてそうなったんだ。さりげなく花火を一緒に見ようとするんじゃねぇ。

「ごめんね。僕たち休憩時間なだけで、もうすぐ店に戻らないといけないんだ」

 大和がようやく正気を取り戻したらしい。流暢に大嘘を吐きだした。しかし、嘘も方便だ。今は助かるから嘘に乗ることにしよう。

 俺は同意するように頷き、空になったたこ焼きの容器をビニール袋に入れた。大和も容器を片付けると、俺の肩に空いた腕を掛ける。
 頬が触れそうなほど寄せられて、ふわりとたこ焼きのソースの香りがした。

「行こっか、蓮くん」
(ち、近い)

 残念そうな顔をした女子たちだったが、それ以上食い下がってくることはなかった。素直に手を振って俺たちを見送っている。

 人混みに紛れて女子たちが完全に見えなくなった頃、俺たちは屋台の陰で足を止める。俺の肩に腕を掛けていた大和が脱力してため息を吐いた。
 肩にぐっと重みが乗ってきて、俺は両足を踏ん張る。目元を覆った大和が俺の肩口で深呼吸しているのが背中の膨らみや音で分かった。

「い、一生分のギャルを浴びた……」
「表現が独特だな」

 大和にとっては生涯通して関わる予定のないタイプの人間だったんだろう。真面目そうなイケメンが緊張して戸惑っているのを彼女たちは面白がっていたから、まともに返事をしなくてもべたべた触ってたしずっとしゃべってたし。
 パーソナルスペースないのか。

(ああいうタイプと恋人とかになったら、こいつ一生顔くっつけてそう)

 想像してみるとどうも面白くなかったので、頭の中の画像を脳内布巾で消してしまう。
 俺も疲れたから、のしかかっている大和に逆にもたれ掛かってやる。支え合って、まさしく「人」だ。

 大和は逃げることなく俺の顔を覗き込んできた。

「と、友達は居ないっていってたけどあんなにいっぱい」
「あれは断じて友だちじゃねぇ」
「そう……?」

 どうして疑わしそうなんだよ。やりとり見てたら分かるだろ。
 眉を顰めて口をへの字に曲げている大和は、感情が全面に出ている気がするのに全く心が読めない。

「名前も覚えてねぇよ」
「そう……あれ?」

 納得したのかしないのか分からない大和は、言葉を切って空を見上げた。つられて俺も雲がぎっちり詰まった、星も月もない夜空を見る。
 ポツンっと、鼻の頭に冷たいものが落ちた。