「……これで、いいのか?」

 大和との待ち合わせ場所は漫画の原画展をする会場の最寄駅。
 地下鉄の改札を出てすぐの柱にもたれ掛かりながら、俺は自分の服を見下ろした。
 何の変哲もない白いTシャツに黒いハーフパンツ。銀のネックレスとピアスはいつも通り。

 朝から、いや。この予定が決まった時から永遠に服装に迷っていた。
 大和と初めて出掛けるどころか、友だちと遊ぶなんてことが初体験だ。
 子供のころに公園で遊んだことくらいはあるけど、あんなの回数には入らないだろう。
 普段出かけるときは全方面に牙を剥くような派手な格好をするんだけど、今日はあまり目立ちたくない。

(金髪のせいでどんな格好でも浮く気がするけど)

 スプレーで一日だけ黒く染め直そうかとも思ったが、大和が俺に気がつかない可能性があると思って諦めた。せめて、と黒いキャップを被ることにした。
 漫画の原画展にくるのは、大和みたいな大人しそうなやつが多いんだろうというイメージが偏見だったと俺が気がつくのはもう少し後だ。

(そろそろか)

 ざわざわ音がしてきたかと思うと、改札から人が沸くように出てくる。俺は大和を探した。背が高いからすぐに見つかるはずだと、少し上の方を見てキョロキョロした。
 すると、見覚えのある整った顔がこちらを見る。

「蓮君、待たせてごめん」

 大和は人の流れに逆らいながら俺の方に辿り着いた。

「もっと早く来るつもりだったのに、服に迷ってたらギリギリになっちゃった」

 紺色の襟付きシャツと青いジーンズを着ているイケメンを見上げて、俺はポカンと口を開けてしまう。きっと、すごく間抜けな顔だ。

「……メガネは……」
「蓮君の隣にいるのに少しでもマシかと思ってコンタクトにしたんだ」
「ほあ」

 間抜けな顔どころか今世紀最大の間抜けな声が出た。
 なんだこいつ。
 俺が眼鏡を外すとツラが良いって言ったから?
 それとも髪を染める時はコンタクトにしろって言ったから?
 決定打は分からないけど、どうやら俺が原因らしい。
 言葉の力ってすごい。少し怖い。

「あの、どうだろう」

 戸惑っていると、柱に手をついた大和が覆い被さるように覗き込んでくる。近い。パーソナルスペースが来い。
 いつもは良いけど今はダメだ。心臓がやかましい。でも、なんか言わないと。俺が言ったからわざわざ慣れないコンタクトにして外に出できてくれたんだから。

「いいと、思う」
「良かった」

 レンズに隔たれていない目が嬉しそうに細まって、柔らかい微笑みが浮かんだ。
 優しい声に胸が跳ねる。
 どうしてこんなにドキドキするんだろう。
 どうしてこんなに、嬉しいんだろう。

(大和が、俺と出かけるの楽しみにしてたのが伝わってきたからかな)

 スマホで日付を見るたびに、あと何日と頭に浮かんでいた俺と同じ。
 少し出かけるだけでどんだけ楽しみにしてんだと自嘲してたけど、大和も同じくらいワクワクしてくれてたんだ。

 俺は目の前にある黒髪に恐る恐る触れてみる。

「前髪、上げた方がお前の顔がよく見えていいと思う」

 今度は大和が固まってしまう番だった。
 しまった。髪に触られるのが嫌だったのかもしれない。
 俺は慌てて手を引っ込めて、行き場のない手をポケットに突っ込んだ。

 大和は目線をウロウロと泳がせた後、前髪を後ろに掻き上げて見せてくる。
 雑誌のモデルみたいなポーズを駅の改札前でしてどうするんだこいつ。

「固定の仕方が分からない……」
「固定」
「離すと落ちてくる」

 手を開くと、言葉通りパラパラと髪が額に戻っていく。ワックスとかつけてないんだから当たり前だ。

「お前もふざけたりするんだな」

 肩をすくめる俺に、大和はまた仄かに笑った。イタズラが見つかった子供みたいな顔だ。

「今度、やり方教えて」

 どうやら触ったのが嫌だったわけじゃないらしい。ホッとした俺は、ショルダーポーチの中から携帯用のスプレーを取り出す。

「触って大丈夫か? 今」

 手のひらサイズの小さい筒を、大和は物珍しそうに見つめて頷いた。