一学期の定期テストの二週間前、ようやく慣れてきたっていうのにバイトは一時的に休みになった。
 正直、大して勉強しないから前日以外はシフトが入れられる。
 でも「勉強頑張ってね!」と、女将さんに言われてしまったらバイトするとは言えなかった。
 やることないけど、帰るしかない。

 定食屋を通り過ぎながら、俺は周囲を確認する。駅の方から帰ってくる大和と少し話せる時があるからだ。

(今日はいないか)
「お疲れ、蓮君」
「……!?」

 暖簾がある店の入り口から俺が見えるわけないのに、ベストなタイミングで大和が出てきて俺の心臓は確実に口から飛び出した。

「な、なんで」
「この小窓から蓮君が見えたから」

 なんでもないことのように、厨房のところにある小さな窓を指さしてくる。

「そろそろだと思って」
「ま、待ってた……?」
「…………うん」

 俺が相当戸惑った顔をしていたんだろう。大和が神妙な顔で頷いた。

「ごめん、引いた? 少しだけ話せると息抜きになるし、嬉しいし、元気になるし」
「引いてない。大丈夫だ」

 涼しげな顔に似合わないほど口数が増えてきたのを、俺は遮った。大和は素直すぎて、聞いてて恥ずかしい。制御が効かない時は、思ってることが全部言葉になってしまうみたいだ。
 安心させないと、もっと色々口走ることだろう。

「俺も、お前と話せると楽しいから」
「ありがとう、蓮君」

 言えた。ちゃんと思った通りに言葉に出来たぞ。ちょっと、いやすごく恥ずかしい台詞だった気がするけど、大和の声は嬉しそうだ。

「俺と話すのが息抜きになるなら、えーと……光栄? だし」
「じゃあ、テストが終わったら二人で遊びに、いかない?」
「二人で?」
「嫌なら言って……って言っても、言えないと思うけど」

 その通りだし俺のことよく分かってんなと思うけど、それは思っても言っちゃダメだろ大和。と、指摘することも出来ないんだよな俺。

(遊びに……)

 バイト終わりに一緒に過ごすことは増えたけど、出かけるのは初めてだった。当然のことながら、俺は「友だちと遊びに行く」なんてことをしたことがない。
 誘いは嬉しいけど、どんな感じになるのか想像が出来なかった。

「何をするんだ?」
「それはテストが終わってから考えようかと」

 大和も同レベルだった。
 上から見下ろしてくる大和は、落ち着かなげに動く手をポケットに突っ込んだ。

「ダメかな?」
「あれ。俺、行くって言わなかったか?」
「言ってないよ」
「悪い。行く」

 答えたつもりになっていた。危なかった。
 焦って素っ気ない返事になってしまったから、何か言葉を付け足した方が良いかもしれない。
 そんなおれの考えを吹っ飛ばすように、大和は緩く目を細めた。

「蓮君と遊びに行けるのをご褒美にテスト頑張るよ」
「お、おお」

 なんだこいつは。
 照れくさいとか恥ずかしいとか嬉しいとか、色んな感情がないまぜになる。

 大和と別れてからも気持ちがずっとふわふわしていた。謎のふわふわ感に導かれたのか、ふと電車の中吊りポスター広告が目に入る。
 大和に借りた漫画のキャラクターたちのイラストだ。

(原画展……?)

 気がついたら、俺は広告に書いてある内容をスマホで検索していた。
 更に、なにやらグッズが貰えるという入場券の抽選に申し込んでしまったのであった。

 そして、テスト明けのバイトの日に当選連絡が来た。

「神なの!? 外れたんだよ! 物欲センサースルー出来るってすごい!!」

 お前そんなやつだっけ? って目の前にいる男を二度見した。なんだよ物欲センサーって。
 開店準備中の大将と女将さんが目を丸くするレベルのテンションの高さで大喜びしている大和は、俺のスマホを覗き込んで眼鏡の奥の目をキラキラさせている。

 原画展とやらのグッズがすごく欲しかったらしい。
 限定アクリルキーホルダーって書いてあるけど、そんなにキーホルダーが欲しいものなのか。見たところ、大和のスクールバックにはそれっぽいものはひとつもついていない。あっても部屋の置き物になりそうだけど、価値観って人それぞれだな。
 そんなに価値があるものなら、俺じゃなくてこの漫画が好きな人が行った方が良いな。

「やっぱり俺はやめようかな」
「なんで? ごめん嬉しすぎて我を忘れちゃった。引かないで」

 しょんぼりとした声で腕を掴まれて、俺はまた言葉が足りなかったと反省した。ちゃんと言わないと、相手には伝わらないんだった。
 俺は頭の中の言葉を要約しようと必死で考える。不安そうな目をした大和が喋り出したら口を挟めなくなるかもしれないから、早くしないと。

「引いてねぇ。けど……えっと……ほら、漫画好きの仲間といってこいよ」

 大和が楽しめそうな場所を見つけたと思ったけど、俺と行くのは別の場所でいい。大喜びする顔が見れただけで十分だ。
 心の底から、温かい気持ちで言ったんだけど。

「そんなのいると思う?」
「あ」

 真顔ではっきりと問いかけられて、俺も同じ表情になって黙った。

 そうだった。なんか、ごめん。