『弟はその後もずっと、RESTARTへの不信感が拭えずに、四ヶ月そこらで退職をしました。納得がいかなかったのか、SNSに本音を吐露していたこともあったようです。会社名こそ伏せられていましたが、読む人が読めばRESTARTのことだと分かるような内容でした。彼が車に轢かれて亡くなったのは、RESTARTを退職して三ヶ月後の春のことです。その場の状況から、警察はMさんの父親を犯人だと判定しました。Mさんの父親が普段乗っていた会社の営業車が弟を轢いたそうです。Mさんの父親には他にアリバイもなく、ドライブレコーダーは壊れていました。他にも理由はあったかと思いますが、とにかく弟の事件で捕まったのは、Mさんの父親です』

 でも、と間髪を容れずにブログの文章は続く。

『僕もMさんも、真犯人は別にいると思っています。真犯人はRESTARTの人間なんじゃないか——そう予想して、このブログを書きました。証拠として、さる方から入手した情報を載せておきます』

「!?」

 証拠、と称してブログに添付されていた画像を見て、優希は絶句した。

『株式会社RESTART、社会福祉助成金に関する立入検査拒否履歴』

『老人介護施設で生活している高齢者たちの個人情報、財産を奪取』

『ホームレスたちが受け取った生活保護の行方調査』


 そこには、優希をはじめRESTARTの人間が隠したいと思っていた会社の「裏」の顔が暴かれるタイトルと共に、証拠となる記述がずらりと並んでいた。どれも、公的機関や警察によるものとしか思えない。ニュースなどでは一般には公開されていない、会社の秘密がつらつらと並んでいた。

「なんだ、これは……」

 あまりの衝撃に、優希の目が眩む。その場で卒倒してしまいそうな感覚がした。

『これらの資料は、僕が協力者から極秘に手に入れたものです。どれも公的機関に勤める人間の調査によります。この資料を公開することが何かの犯罪に繋がるのだとしても——僕は、後悔はしません。弟の無念を晴らしたい——その一心で、ブログを書きました。弟は、ここに書かれているようなRESTARTの秘密を知り、社員に意見した。だから口封じとして轢き殺されてしまった。もちろん、すべて僕の妄想である可能性は十分にあります。だからこそ、こうして筆を取りました。
 どうか、この文章を読んで少しでも違和感を覚えた方がいれば、彼らの悪事を暴いてください。弟とMさんの父親を襲った悲劇について、考えてほしいです。
 RESTARTでお世話になった皆さん、申し訳ありません。
 それでも僕は、自分の「正義」をもって、この文章を書き残します。真実を、教えてください』

 そこで締めくくられた文章には、すでに五百件以上もの「いいね」がついていた。元のSNSの投稿に戻ると、この投稿が幾人もの著名人によって拡散されていることが分かる。波及力はすさまじく、炎上したのも当然のことだった。


『RESTARTってあの社会福祉企業だよな? まじ?』

『会社、終わったな。乙』

『これが本当なら相当ヤバイ』

『待って、でもこの証拠自体怪しくない?(笑)信じていいの?』

『警察に任せるしかないだろ』

『どうなるか見ものだな』


 投稿に寄せられたコメントには、善悪さまざまな内容があった。だが、誰もがブログを読んで少なからず心を動かされていることは事実だ。面白がっている連中が大半だろうが、ここまで拡散されてしまっている以上、マスコミが動かないはずがない。
「部長、早く対策を考えないと——」
 部下が優希に迫る。他の部署でも同じように、上の連中が判断を迫られているのだろう。 ……くそ、こんなところで終わるわけには——。
 全身の毛穴から嫌な汗が滲み出ていた。
 社内アナウンスが入り、今日は緊急会議を行う旨が通達される。営業もすべて停止。営業部隊は得意先にすぐさま連絡を入れた。もちろん、インターン生は全員出勤停止だ。

「然るべき措置ですね……。あと部長、こんなときに何ですが、長良さんからメールが来ています」

「長良……今、それどころじゃ」

「内定受諾の件と、ブログの件でお話があるそうです。明日、十三時に来るという内容ですがどうしますか?」

 優希の頭の中は混沌としていた。正直今この状況で一介の学生もどきと会う余裕などない。全社を上げて対策を練らなければならない。そんな中、彼女と会うメリットはどこにー—。
 そこまで考えて、やっぱり、と優希は思い直す。
 今、長良美都——「M」から目を逸らすべきではない。
 彼女を放置しておけば、我々に必ず破滅が訪れる。その前に、彼女の処遇(・・・・・)から、なんとかするべきだ。

「……分かった。承諾する」

 低い声で頷くと、部下が「承知しました。返事はこちらから送っておきます」と返答が来た。
 長良美都。
 きみは一体、この状況の中、我々に何を言うつもりだ?
 混沌としたオフィスの中で、優希はどうしてか、薄ら笑いが止まらなかった。