岩崎は美都の主張に、何も返すことはなかった。企業の面接ではよくあることだ。面接官はこちらの話に何も反応を見せないことが多い。手元の評価シートにはしっかりと評価を書き込んでいるだろう。だから、反応が得られないからと言って臆することはなかった。
ただ一人、善樹だけは終始心ここにあらず、という表情で美都を見ていた。
美都が大学を辞めていたことに、相当衝撃を受けたのだろう。だが、美都にとっても、今善樹が面接官としてあちら側の席に座っていることが不可解でたまらないからおあいこだ。
「ありがとうございます。では次に、学生時代に頑張ったことを教えてください」
「はい」
それからの質問も、美都は用意してきた回答を事前に答え続けた。特に目立ったミスはなかったように思う。どの質問も採用面接では必ず聞かれることばかりだったので、動揺せずにいられた。
そしていよいよ最後の質問。最後は岩崎自身がこう問いかけてきた。
「長良さん、きみにとって、本当の正義とはなんだと思いますか」
本当の正義。
彼の口から出てきた質問に、美都は初めて身構えた。
私がインターンの時に聞いた質問だ……。
先月のインターンの会社説明の際に、美都自身が手を挙げて岩崎に同じ問いを投げかけたのだ。今度は岩崎の方から美都に質問が飛んでくるとは。予想外の展開に、思わず心臓が大きく跳ねる。
大丈夫、落ち着け。
ここは、一企業の特別選考の場であって、警察署ではない。萎縮する必要だってないのだから、自分が思う通りに話をしよう。
美都は肺いっぱいに、空気を取り込んだ。
「私にとって本当の正義は……毎日、当たり前にご飯が食べられること。好きなことをして、誰からも咎められないこと。他人に優しくして、その人から感謝されること。誰かを助けようとしたことが、世間から正しく認められること。自分の身の回りで起きた現実を、受け入れられること。そんなふうに、考えます」
美都は、自分と、自分の家族がつつましく暮らしてきた時間を思いながら、言葉を紡いだ。何一つ、悪いことはしなかった。他人に迷惑をかけることもなかった。自分たち家族は、ごく一般的な幸せな家庭だった。
それなのに自分の家族は今、どうしてこんなことに——。
思考が面接の場から家族の現状へと移り変わる。目の前の面接官たちの顔がのっぺらぼうに見えてしまう。こんなことが、前にもあった。確か、インターンの最終日、発表を終えた直後のことだ。周りの声が何も入ってこなくなり、宙を見つめていた。そんな自分を、周囲のメンバーは——善樹は、どう思ったのだろう。
「ありがとうございました。なかなか、興味深い答えでしたね」
「そう……ですか」
もはや、岩崎からどう評価を受けたかなど、どうでも良くなっていた。
自分が声に出して言いたいことはこの場ですべてぶつけることができた。あとは、会社の判断を待つだけだ。
「これで面接を終わります。長良さん、お疲れ様でした」
今田にそう言われて、美都の身体は弛緩した。「ありがとうございました」と一礼して部屋の扉を開ける。最後に目にした善樹の表情は、切なく滲んでいるような気がした。
「皆さん、本日はお疲れ様でした。これにて弊社の特別選考を終了いたします。結果は一週間以内に全員に通知します。では、解散してください」
米川の言葉に全員が頷いて、特別選考の場はお開きとなった。
元来た道を戻り、エレベーターに乗り込む。みんな面接で力尽きたのか、げっそりとした表情をしていた。
ビルを出て、美都は駅までの道を歩く。リクルートスーツのジャケットを脱ぐと、汗が少しだけ乾いて、心地よかった。
ただ一人、善樹だけは終始心ここにあらず、という表情で美都を見ていた。
美都が大学を辞めていたことに、相当衝撃を受けたのだろう。だが、美都にとっても、今善樹が面接官としてあちら側の席に座っていることが不可解でたまらないからおあいこだ。
「ありがとうございます。では次に、学生時代に頑張ったことを教えてください」
「はい」
それからの質問も、美都は用意してきた回答を事前に答え続けた。特に目立ったミスはなかったように思う。どの質問も採用面接では必ず聞かれることばかりだったので、動揺せずにいられた。
そしていよいよ最後の質問。最後は岩崎自身がこう問いかけてきた。
「長良さん、きみにとって、本当の正義とはなんだと思いますか」
本当の正義。
彼の口から出てきた質問に、美都は初めて身構えた。
私がインターンの時に聞いた質問だ……。
先月のインターンの会社説明の際に、美都自身が手を挙げて岩崎に同じ問いを投げかけたのだ。今度は岩崎の方から美都に質問が飛んでくるとは。予想外の展開に、思わず心臓が大きく跳ねる。
大丈夫、落ち着け。
ここは、一企業の特別選考の場であって、警察署ではない。萎縮する必要だってないのだから、自分が思う通りに話をしよう。
美都は肺いっぱいに、空気を取り込んだ。
「私にとって本当の正義は……毎日、当たり前にご飯が食べられること。好きなことをして、誰からも咎められないこと。他人に優しくして、その人から感謝されること。誰かを助けようとしたことが、世間から正しく認められること。自分の身の回りで起きた現実を、受け入れられること。そんなふうに、考えます」
美都は、自分と、自分の家族がつつましく暮らしてきた時間を思いながら、言葉を紡いだ。何一つ、悪いことはしなかった。他人に迷惑をかけることもなかった。自分たち家族は、ごく一般的な幸せな家庭だった。
それなのに自分の家族は今、どうしてこんなことに——。
思考が面接の場から家族の現状へと移り変わる。目の前の面接官たちの顔がのっぺらぼうに見えてしまう。こんなことが、前にもあった。確か、インターンの最終日、発表を終えた直後のことだ。周りの声が何も入ってこなくなり、宙を見つめていた。そんな自分を、周囲のメンバーは——善樹は、どう思ったのだろう。
「ありがとうございました。なかなか、興味深い答えでしたね」
「そう……ですか」
もはや、岩崎からどう評価を受けたかなど、どうでも良くなっていた。
自分が声に出して言いたいことはこの場ですべてぶつけることができた。あとは、会社の判断を待つだけだ。
「これで面接を終わります。長良さん、お疲れ様でした」
今田にそう言われて、美都の身体は弛緩した。「ありがとうございました」と一礼して部屋の扉を開ける。最後に目にした善樹の表情は、切なく滲んでいるような気がした。
「皆さん、本日はお疲れ様でした。これにて弊社の特別選考を終了いたします。結果は一週間以内に全員に通知します。では、解散してください」
米川の言葉に全員が頷いて、特別選考の場はお開きとなった。
元来た道を戻り、エレベーターに乗り込む。みんな面接で力尽きたのか、げっそりとした表情をしていた。
ビルを出て、美都は駅までの道を歩く。リクルートスーツのジャケットを脱ぐと、汗が少しだけ乾いて、心地よかった。