それから無事にイラストの仕事を仕上げて、九月二十七日、選考当日をすっきりとした気分で迎えることができた。RESTARTの本社は六本木にある。
美都が暮らしている一人暮らしの家から六本木まで、乗り換えを含め、十駅ほどだった。
少しばかり涼しくなったとはいえ、まだまだ暑さの残る日にリクルートスーツを着るのはかなり身に堪えた。服装自由とはいえ、さすがに面接の場で私服を着ていく勇気はない。六本木に降り立つと、スマホでマップを見ながら目的地まで歩いた。美都は方向音痴だ。大きなビルが立ち並ぶ街の真ん中で、たった一つの会社のビルを見つけるのには相当苦労した。
「ここかあ……」
何階ぐらいあるんだろう。見たところ、十五階ぐらいあるように思える。ビルには株式会社RESTARTしか社名が刻まれていないので、自社ビルの可能性が高い。一社でこれだけ高いビルを持っているなんて、やっぱりこの会社がかなり儲かっている証拠だ。
緊張しながら一階の受付で「特別選考に来た長良美都です」と名乗ると、女性のスタッフがエレベーターに案内してくれた。
選考会場は二階だと書いてあった。すぐにエレベーターが到着して、扉が開かれる。どの部屋だろうか、と左右に伸びた廊下をきょろきょろ見回していると、右の通路の壁に「特別選考会場はこちら」と張り紙がされてあった。ほっとしながら案内に沿って歩く。ようやく現れた「特別選考会場」と記された部屋の前で、若い男性スタッフが待っていた。
「こんにちは」
爽やかな笑顔を浮かべる男性社員に見覚えがあった。
この人、先月のインターンに来ていた人だ。
確か、Bグループの審査員をしていた。ちらっとしか見ていないが、あのインターンでの記憶が鮮明に蘇ってくる。
「初めまして。長良美都と申します」
「長良さん、お待ちしておりました。人事部の米川と申します。こちらへどうぞ」
「はい」
米川に案内され、通路に並べられた椅子に座る。椅子は全部で六脚。インターンのA〜Fグループで優勝した人たちのものだ。どうやら誰も選考辞退はしていないらしい。
それもそうか。
だって普通、宿泊型インターンなんて、入社したいと思う企業じゃなければ行かないものよね……。
美都はふう、と息を吐いた。自分がここに来た理由。それはたぶん、他のメンバーとは違っているだろう。でも面接ではあくまでRESTARTへの入社を志望している者として振る舞う。必要最低限の礼儀というものだ。
やがて他のメンバーが一人、また一人と集まってきた。みなリクルートスーツを身に纏っている。先に席に着いていた美都に軽く会釈をして、やってきた学生たちが隣に座っていった。もしかして面接もこの順番でするのかな? と若干緊張し始めた美都だったが、全員がそろったところで、米川は他の人の名前を呼んだ。
「こちらで順番は決めてありますので、まずは柳瀬くん、どうぞ」
「はい」
最初に呼ばれたのは、最後から二番目にやってきた男の子だった。一息つく間もなく選考が始まって大変そうだ。特別選考にあたり、米川から特に具体的な説明はなかった。面接試験なので、ルールについては暗黙の了解といったところだろう。
一番最初に指名された柳瀬くんが、扉の前でノックをしてから「失礼します」と張りのある声で言った。呼吸は整っていないようだが、臨機応変に態度を切り替えられるところはすごい。自分だったら緊張したままで上手く声が出ないかもしれない、なんてぼんやり考えていた。
柳瀬くんの面接は、十分程度で終わった。待っているだけの十分はひどく長く感じられる。隣に並んでいる他の学生たちも、そわそわとハンカチで顔を拭いたり、膝の上で両手を握ったり開いたりしていた。美都はただ、面接部屋の扉の取手をじっと見つめていた。
一人、また一人と面接に呼ばれ、美都は最後に残された。
「長良さん、一番最初に来ていただいたのに、お待たせして申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」
「そろそろ前の方が終わりますので、ご準備お願いします」
米川が美都のことを気遣ってくれて、幾分か気分が和らいだ。
それから間もなく、一つ前に入って行った女の子が、扉の向こうから出てきた。カチャリ、とドアを閉める音がしたと同時に、美都が立ち上がる。
「それではどうぞ」
米川さんの合図に合わせて、美都は立ち上がる。部屋の前で大きく息を吐いて、新鮮な空気を取り込んだ。
「失礼します」
思ったよりも大きな声が出て自分でも驚く。部屋の中に一歩足を踏み入れると、かなり広い部屋だった。無機質な会議室といったところだが、余分な机や椅子が隅の方に置かれているので、余計に広く感じた。
手前に椅子が一つ、正面には長方形の机と、その後ろの椅子に座る、四人の面接官。
一人ずつ顔を見ていく。インターンでその場を取り仕切っていた人事部長の岩崎、Dグループの審査員をしていた今田、どのグループか忘れたものの、これまた別のグループで審査員をしていた女性社員、それからあと一人は——。
美都が暮らしている一人暮らしの家から六本木まで、乗り換えを含め、十駅ほどだった。
少しばかり涼しくなったとはいえ、まだまだ暑さの残る日にリクルートスーツを着るのはかなり身に堪えた。服装自由とはいえ、さすがに面接の場で私服を着ていく勇気はない。六本木に降り立つと、スマホでマップを見ながら目的地まで歩いた。美都は方向音痴だ。大きなビルが立ち並ぶ街の真ん中で、たった一つの会社のビルを見つけるのには相当苦労した。
「ここかあ……」
何階ぐらいあるんだろう。見たところ、十五階ぐらいあるように思える。ビルには株式会社RESTARTしか社名が刻まれていないので、自社ビルの可能性が高い。一社でこれだけ高いビルを持っているなんて、やっぱりこの会社がかなり儲かっている証拠だ。
緊張しながら一階の受付で「特別選考に来た長良美都です」と名乗ると、女性のスタッフがエレベーターに案内してくれた。
選考会場は二階だと書いてあった。すぐにエレベーターが到着して、扉が開かれる。どの部屋だろうか、と左右に伸びた廊下をきょろきょろ見回していると、右の通路の壁に「特別選考会場はこちら」と張り紙がされてあった。ほっとしながら案内に沿って歩く。ようやく現れた「特別選考会場」と記された部屋の前で、若い男性スタッフが待っていた。
「こんにちは」
爽やかな笑顔を浮かべる男性社員に見覚えがあった。
この人、先月のインターンに来ていた人だ。
確か、Bグループの審査員をしていた。ちらっとしか見ていないが、あのインターンでの記憶が鮮明に蘇ってくる。
「初めまして。長良美都と申します」
「長良さん、お待ちしておりました。人事部の米川と申します。こちらへどうぞ」
「はい」
米川に案内され、通路に並べられた椅子に座る。椅子は全部で六脚。インターンのA〜Fグループで優勝した人たちのものだ。どうやら誰も選考辞退はしていないらしい。
それもそうか。
だって普通、宿泊型インターンなんて、入社したいと思う企業じゃなければ行かないものよね……。
美都はふう、と息を吐いた。自分がここに来た理由。それはたぶん、他のメンバーとは違っているだろう。でも面接ではあくまでRESTARTへの入社を志望している者として振る舞う。必要最低限の礼儀というものだ。
やがて他のメンバーが一人、また一人と集まってきた。みなリクルートスーツを身に纏っている。先に席に着いていた美都に軽く会釈をして、やってきた学生たちが隣に座っていった。もしかして面接もこの順番でするのかな? と若干緊張し始めた美都だったが、全員がそろったところで、米川は他の人の名前を呼んだ。
「こちらで順番は決めてありますので、まずは柳瀬くん、どうぞ」
「はい」
最初に呼ばれたのは、最後から二番目にやってきた男の子だった。一息つく間もなく選考が始まって大変そうだ。特別選考にあたり、米川から特に具体的な説明はなかった。面接試験なので、ルールについては暗黙の了解といったところだろう。
一番最初に指名された柳瀬くんが、扉の前でノックをしてから「失礼します」と張りのある声で言った。呼吸は整っていないようだが、臨機応変に態度を切り替えられるところはすごい。自分だったら緊張したままで上手く声が出ないかもしれない、なんてぼんやり考えていた。
柳瀬くんの面接は、十分程度で終わった。待っているだけの十分はひどく長く感じられる。隣に並んでいる他の学生たちも、そわそわとハンカチで顔を拭いたり、膝の上で両手を握ったり開いたりしていた。美都はただ、面接部屋の扉の取手をじっと見つめていた。
一人、また一人と面接に呼ばれ、美都は最後に残された。
「長良さん、一番最初に来ていただいたのに、お待たせして申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」
「そろそろ前の方が終わりますので、ご準備お願いします」
米川が美都のことを気遣ってくれて、幾分か気分が和らいだ。
それから間もなく、一つ前に入って行った女の子が、扉の向こうから出てきた。カチャリ、とドアを閉める音がしたと同時に、美都が立ち上がる。
「それではどうぞ」
米川さんの合図に合わせて、美都は立ち上がる。部屋の前で大きく息を吐いて、新鮮な空気を取り込んだ。
「失礼します」
思ったよりも大きな声が出て自分でも驚く。部屋の中に一歩足を踏み入れると、かなり広い部屋だった。無機質な会議室といったところだが、余分な机や椅子が隅の方に置かれているので、余計に広く感じた。
手前に椅子が一つ、正面には長方形の机と、その後ろの椅子に座る、四人の面接官。
一人ずつ顔を見ていく。インターンでその場を取り仕切っていた人事部長の岩崎、Dグループの審査員をしていた今田、どのグループか忘れたものの、これまた別のグループで審査員をしていた女性社員、それからあと一人は——。