6月15日 土曜日



 大きな椎木(しいのき)が2本並んだ芝生の広場で隔週末に骨董品やハンドメイドの作品を販売するマルシェ(市場)が開催される。幾つものテントが並び色彩豊かなフラッグが風にはためいた。


 僕の隣のテントではアンティークドールとオルゴールを扱っていた。蓄音機の形をしたオルゴールは高等学校の合唱コンクールの課題曲を奏でた。


(懐かしいな、みんなどうしているんだろう)


 僕のテントには婆ちゃんが遺したアンティークカップやティーポットを並べた。


「それは貴重な品だよ、こんなマルシェで売るなんて勿体無い」

「喜んでもらえるなら良いんです」

「私もワンセット貰おうかね、幾らだい?」

「お任せします」


 やや色褪せた陶磁器に鈍い金の縁取り、渋さを感じさせる茶系の薔薇、青い菫、色とりどりの小花、老夫婦は悩みに悩んで青い菫のティーカップとソーサーを選んだ。


「これでどうかね」


 高齢男性は10,000円札を取り出した。


「お釣りは」

「お釣りは要らないよ、コウルドンは高値で売買されているから安いくらいだよ、取っておきなさい」

「ありがとうございます」

「良いよ、こちらこそ良い買い物をしたよ」


 僕は英字新聞でそれを包みながら男性に尋ねた。


「コウルドンってなんですか」

「イギリスから北アメリカに輸出されたアンティーク品だよ」

「そうなんですか」

「現在値段が高騰しているメーカー製品だから価格設定は高い方が良いよ」

「へぇ、そんなに高いんですね」


 この調子でアンティーク類に詳しくない僕は言い値で取引をした。


(そろそろ帰ろうかな)


 日も暮れ始めカラスがねぐらへと戻り始めた。雲行きも怪しく店仕舞いをしているとひとりの女性が店の前にしゃがみ込んだ。


「これ下さい」


 女性はコウルドンの茶系の薔薇が描かれたティーカップとソーサーを2客買い求めた。


「3,500円になります」

「そんなに安くて良いんですか?」

「もう店仕舞いですから」


 見上げたその面立ちに心臓が掴まれる思いがした。屈み込んだ前髪から覗く額には大きな傷痕、聞き覚えのある声、僕の指先は震えカップを包む手は覚束なかった。


「ビニール袋か紙袋、要りますか」

「あ、じゃあ紙袋で」


 彼女は1,000円札を4枚僕に手渡した。釣り銭箱で500円玉を探すが上手く掴めなかった。気が付いただろうか、気が付いてくれるのだろうか。


「はい、3.500円、500円のお釣りですね」


 しかしながら僕は16歳の僕ではない。だらしなく髪を伸ばし後ろで結えた浮浪者の様な風貌だ。気が付いてくれるだろうか、気が付いて笑いかけて欲しい。その反面、見窄(みすぼ)らしく変わってしまった僕を見られたくない思いに駆られた。


「ありがとうございました」


 その時僕は彼女の左手の薬指に光る指輪を見付けてしまった。


(結婚したのか、もう28歳当たり前だ)

「ありがとうございました」


 踵を返して立ち去る後ろ姿が滲んで見えた。僕はその場にしゃがみ込むと梱包に使っていた英字新聞を正方形に切って赤いマジックペンを握り携帯電話番号を書き込んでいた。


紙飛行機


 莉子に届けと願いを込めて大きく振りかぶった紙飛行機は彼女の足元に落ちた。莉子は芝生の上に落ちた紙飛行機を掴むとこちらを振り返った。僕は思わず深々とお辞儀をしていた。それがどういう意味かは分からない。あの日連れ出した事への謝罪か額に傷を付けてしまった事への懺悔か、その姿に頭を下げていた。


(会いたかった)


 遠ざかるバス、色彩豊かなフラッグ、僕は10年の時を経て僕は莉子と再会した。