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「鳴海くんの——桜晴の小説を、出版したい」
緊張しながら母にそう告げた時、母は最初驚いた表情をしていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべて「そう」と呟いた。
それから、「お母さん、実は出版社に勤めてる友達がいるから、その人に掛け合ってみるわ」と言った。母にそんな友達がいるなんて知らなくて、私は心底驚いた。でも、母が私の思いを汲み取ってくれてすぐに協力すると言ってくれたことは、本当に心の支えになった。
出版までの道のりは決してやさしくはなかった。
母の友人はすでに出版社を退職していて、その時点で私たちの試みは失敗に終わったかと思われた。でも、その母の友人は、私の気持ちを聞いてくれて、退職したあとも繋がっていた出版関係の知人に連絡を取ってくれた。ほとんど断られたようだが、何日もかけて、ようやく一人の編集者が私に会って話を聞きたいと言ってくれたそうだ。
私は休日にその編集者、美山(みやま)さんに会いに行った。東京に住んでいるので、再び飛行機で大移動せざるを得なかったが、まったく苦ではなかった。美山さんは気さくな三十代くらいの男性の方で、私の話を聞きながら、終始驚きつつも、感嘆してくれた。彼には桜晴との入れ替わりのことも話した。およそ信じられない、子供の戯言のような話に、彼は真剣に付き合ってくれた。
「今も桜晴の心臓が、私の胸の中で脈打っています」
ドナーの相手が桜晴だというところは紛れもない現実なので、彼はそこにリアリティを感じてくれたらしい。
「心臓移植をして、その相手と入れ替わる——そんな話、確かに聞いたことないけど、でも、きみの目を見ていると、本当のような気がするよ。移植後にドナーの記憶の夢を見ることがあるって聞いたことがあるしね。たとえ読者が現実だと信じられなくてもいいさ。ファンタジーとして、売り出そう。ただ僕は、きみの話を信じるし、桜晴くんの書いた小説を読んで、きみの話を聞いて、胸を打たれたんだ」
「ありがとうございます……!」
まさか、本当に出版の申し出を受けてくれる人が現れるとは思っていなくて、感極まった私は出版社の会議室で泣き腫らした。美山さんが渡してくれたティッシュで鼻を啜る。桜晴の小説が、本になるんだ。まだ全然実感できていないけれど、美山さんのことを信じて待とう。空の向こうから、桜晴が微笑んでいるのを感じた気がした。
本の制作は、著者不在ということで編集者の美山さんが中心となって進めることになった。私も、時々美山さんと連絡をとりながら、微調整のために口出しさせてもらうことがあった。でも、桜晴の書いた物語を、彼の綴った言葉を大切にしたかったので、文章についてはほとんど何も触れていない。文法や語句の使い方のおかしな点については美山さんが修正してくれた。だが彼も、基本的には桜晴の文章を尊重してくれたようで、出来上がった本の見本は、私が最初に読んだ桜晴の小説そのものだった。
「美山さん、見本を拝見しました。桜晴が書いた小説が本の形になっていることに感動しています。本当に、ありがとうございました」
見本を読み終えて、美山さんとテレビ電話を繋ぎ、改めてお礼を伝えた。
「いえ、僕の方こそ、鳴海くんの小説をこうして形にできて本当に嬉しいよ。素敵な小説を紹介してくれて、ありがとう」
美山さんは最後まで、高校生の私にも最大の敬意を払ってくれた。
まったく、私は人に恵まれている。
お母さんと、お母さんの友達、美山さんに出版社のみなさんに感謝しながら、胸に温かな陽だまりができた。
「鳴海くんの——桜晴の小説を、出版したい」
緊張しながら母にそう告げた時、母は最初驚いた表情をしていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべて「そう」と呟いた。
それから、「お母さん、実は出版社に勤めてる友達がいるから、その人に掛け合ってみるわ」と言った。母にそんな友達がいるなんて知らなくて、私は心底驚いた。でも、母が私の思いを汲み取ってくれてすぐに協力すると言ってくれたことは、本当に心の支えになった。
出版までの道のりは決してやさしくはなかった。
母の友人はすでに出版社を退職していて、その時点で私たちの試みは失敗に終わったかと思われた。でも、その母の友人は、私の気持ちを聞いてくれて、退職したあとも繋がっていた出版関係の知人に連絡を取ってくれた。ほとんど断られたようだが、何日もかけて、ようやく一人の編集者が私に会って話を聞きたいと言ってくれたそうだ。
私は休日にその編集者、美山(みやま)さんに会いに行った。東京に住んでいるので、再び飛行機で大移動せざるを得なかったが、まったく苦ではなかった。美山さんは気さくな三十代くらいの男性の方で、私の話を聞きながら、終始驚きつつも、感嘆してくれた。彼には桜晴との入れ替わりのことも話した。およそ信じられない、子供の戯言のような話に、彼は真剣に付き合ってくれた。
「今も桜晴の心臓が、私の胸の中で脈打っています」
ドナーの相手が桜晴だというところは紛れもない現実なので、彼はそこにリアリティを感じてくれたらしい。
「心臓移植をして、その相手と入れ替わる——そんな話、確かに聞いたことないけど、でも、きみの目を見ていると、本当のような気がするよ。移植後にドナーの記憶の夢を見ることがあるって聞いたことがあるしね。たとえ読者が現実だと信じられなくてもいいさ。ファンタジーとして、売り出そう。ただ僕は、きみの話を信じるし、桜晴くんの書いた小説を読んで、きみの話を聞いて、胸を打たれたんだ」
「ありがとうございます……!」
まさか、本当に出版の申し出を受けてくれる人が現れるとは思っていなくて、感極まった私は出版社の会議室で泣き腫らした。美山さんが渡してくれたティッシュで鼻を啜る。桜晴の小説が、本になるんだ。まだ全然実感できていないけれど、美山さんのことを信じて待とう。空の向こうから、桜晴が微笑んでいるのを感じた気がした。
本の制作は、著者不在ということで編集者の美山さんが中心となって進めることになった。私も、時々美山さんと連絡をとりながら、微調整のために口出しさせてもらうことがあった。でも、桜晴の書いた物語を、彼の綴った言葉を大切にしたかったので、文章についてはほとんど何も触れていない。文法や語句の使い方のおかしな点については美山さんが修正してくれた。だが彼も、基本的には桜晴の文章を尊重してくれたようで、出来上がった本の見本は、私が最初に読んだ桜晴の小説そのものだった。
「美山さん、見本を拝見しました。桜晴が書いた小説が本の形になっていることに感動しています。本当に、ありがとうございました」
見本を読み終えて、美山さんとテレビ電話を繋ぎ、改めてお礼を伝えた。
「いえ、僕の方こそ、鳴海くんの小説をこうして形にできて本当に嬉しいよ。素敵な小説を紹介してくれて、ありがとう」
美山さんは最後まで、高校生の私にも最大の敬意を払ってくれた。
まったく、私は人に恵まれている。
お母さんと、お母さんの友達、美山さんに出版社のみなさんに感謝しながら、胸に温かな陽だまりができた。