『それからの生活は本当に大変で。調子が良い時は学校に行って、悪い時は入院をする、そんなあべこべな生活の繰り返しでした。もう気づいてると思うけど、心臓が悪いから体育の授業はずっと欠席してたんだ。そのせいで運動が全然ダメでね。桜晴にもきっと迷惑かけたよね。でも運動会でちゃんとダンスを踊りきれたって聞いたときはすごく嬉しかった。頑張ってくれたんだなって思って、泣きそうになったよ。』
彼女が運動音痴なのが、病気のせいだということは薄々気づいていた。でもこうして本人の口から聞くのは初めてで、彼女が経験してきた大変な毎日を想像するとやるせない気持ちになった。
『話を戻すね。
心臓の病気が治ったのは、二〇二五年四月——中学二年生の春でした。ちょっと前から、もう永くないかもしれないと宣告されている時期だったんだけど、ご存知の通り、移植をしてね。正直、心臓移植なんてほとんど諦めてたの。移植を希望する人で何年も待ち続けている人を知っていたし、実際私も長い時間待ってた。移植を待ってることすら忘れるくらいの時間が経って、突然ドナーが現れたっていう知らせを受けたの。
それで……私は移植手術に成功した。そこからは嘘みたいに元気になって、普通に学校に通えるようになった。体育も、少しずつできるようになって、今の私がある。あの時移植をしていなかったら、きっと私もお父さんと同じように死んじゃってたと思う』
「中学二年生の春に、移植したのか」
ドナーが現れた時、一体どんな気持ちだったんだろう。日記には「嬉しかった」というような気持ちは書かれていない。ドナーが現れたということは、一人の命が消えてしまったということだ。もし僕が美雨の立場だったら、素直に喜べないかもしれない。
そこから先の文に、視線を移す。
なんとなくだけど、今までよりも一層文字が震えている気がする。
彼女が本当に伝えたいことがこの先に書かれている——直感でそうと分かった。
『だから移植をしたこと自体、私は後悔をしていません。ドナーの人にもすごく感謝してる。手術の時ね、お母さんはドナーのことをあまり詳しく教えてくれなかったの。……修学旅行中にバスで事故に遭った男の子、としか聞かされてなくて。きっと私を気遣ってのことだと思う。でも最近、私はどうしても気になってドナーのことをお母さんに聞いちゃったんだ』
「ドナーのこと、知らなかったんだ」
僕は彼女に同情していた。自分を救ってくれた人のことを知らされないのは、もやもやしただろう。誰に感謝すればいいのかも分からない。そんな状況に戸惑う当時の彼女を想像して胸が疼いた。
それから僕は、ゆっくりと視線を横にずらしていく。
「あ——」
飛び込んできた一文に、釘付けになった。
『私の心臓のドナーは……桜晴、あなたなんだって』
ドク、ドク、ドク。
美雨の心臓は今も一定のリズムを刻んで逞しく動いている。
息を吸う。
肺いっぱいに満たされた空気が心臓に送り込まれる。酸素は血液に取り込まれて身体中に運ばれる。
無意識のうちに繰り返されている生命の営みを、今ほど強く実感したことはなかった。
「僕が、美雨のドナー……?」
ノートに書かれている内容が、まったく現実のような気がしなくて、しばらくの間呆けたようにぼうっと彼女の文字を見つめていた。
二〇二五年四月。
修学旅行のバスの事故で。
巻き込まれた僕は、死——。
美雨の文章から繋ぎ合わせて見えた未来に、頭の中でいろんな映像がぐわんぐわんと揺れた。生まれてから今まで、家族と過ごした時間。秋真のことを羨んでいる時の自分。学校で吃音を発症し、塞ぎ込んでいた時期。初恋の人が助けてくれて、告白して振られた瞬間。数度目の入れ替わりで、美雨という少女に出会ったこと。
まるで走馬灯のように駆け巡る僕の人生の時間は、たぶん相当ろくなもんじゃない。それなのに一週間後、僕は死ぬのか……。
彼女が運動音痴なのが、病気のせいだということは薄々気づいていた。でもこうして本人の口から聞くのは初めてで、彼女が経験してきた大変な毎日を想像するとやるせない気持ちになった。
『話を戻すね。
心臓の病気が治ったのは、二〇二五年四月——中学二年生の春でした。ちょっと前から、もう永くないかもしれないと宣告されている時期だったんだけど、ご存知の通り、移植をしてね。正直、心臓移植なんてほとんど諦めてたの。移植を希望する人で何年も待ち続けている人を知っていたし、実際私も長い時間待ってた。移植を待ってることすら忘れるくらいの時間が経って、突然ドナーが現れたっていう知らせを受けたの。
それで……私は移植手術に成功した。そこからは嘘みたいに元気になって、普通に学校に通えるようになった。体育も、少しずつできるようになって、今の私がある。あの時移植をしていなかったら、きっと私もお父さんと同じように死んじゃってたと思う』
「中学二年生の春に、移植したのか」
ドナーが現れた時、一体どんな気持ちだったんだろう。日記には「嬉しかった」というような気持ちは書かれていない。ドナーが現れたということは、一人の命が消えてしまったということだ。もし僕が美雨の立場だったら、素直に喜べないかもしれない。
そこから先の文に、視線を移す。
なんとなくだけど、今までよりも一層文字が震えている気がする。
彼女が本当に伝えたいことがこの先に書かれている——直感でそうと分かった。
『だから移植をしたこと自体、私は後悔をしていません。ドナーの人にもすごく感謝してる。手術の時ね、お母さんはドナーのことをあまり詳しく教えてくれなかったの。……修学旅行中にバスで事故に遭った男の子、としか聞かされてなくて。きっと私を気遣ってのことだと思う。でも最近、私はどうしても気になってドナーのことをお母さんに聞いちゃったんだ』
「ドナーのこと、知らなかったんだ」
僕は彼女に同情していた。自分を救ってくれた人のことを知らされないのは、もやもやしただろう。誰に感謝すればいいのかも分からない。そんな状況に戸惑う当時の彼女を想像して胸が疼いた。
それから僕は、ゆっくりと視線を横にずらしていく。
「あ——」
飛び込んできた一文に、釘付けになった。
『私の心臓のドナーは……桜晴、あなたなんだって』
ドク、ドク、ドク。
美雨の心臓は今も一定のリズムを刻んで逞しく動いている。
息を吸う。
肺いっぱいに満たされた空気が心臓に送り込まれる。酸素は血液に取り込まれて身体中に運ばれる。
無意識のうちに繰り返されている生命の営みを、今ほど強く実感したことはなかった。
「僕が、美雨のドナー……?」
ノートに書かれている内容が、まったく現実のような気がしなくて、しばらくの間呆けたようにぼうっと彼女の文字を見つめていた。
二〇二五年四月。
修学旅行のバスの事故で。
巻き込まれた僕は、死——。
美雨の文章から繋ぎ合わせて見えた未来に、頭の中でいろんな映像がぐわんぐわんと揺れた。生まれてから今まで、家族と過ごした時間。秋真のことを羨んでいる時の自分。学校で吃音を発症し、塞ぎ込んでいた時期。初恋の人が助けてくれて、告白して振られた瞬間。数度目の入れ替わりで、美雨という少女に出会ったこと。
まるで走馬灯のように駆け巡る僕の人生の時間は、たぶん相当ろくなもんじゃない。それなのに一週間後、僕は死ぬのか……。