ついに顔を背けてしまう。もう何も言えなかった。私たちの間には深い溝が出来ていたのだと思い知る。
 ところが、私の手に少しだけ冷たくなった手が重なった。釣られるように蒼菜の顔を見ると、不思議な表情に変わっていた。嬉しそうな……。
 蒼菜は重ねた手の上に、笑みを浮かべて頬を寄せた。
「ごめんね。意地悪しちゃった」
「え?」
「本当はね、蒼菜、お姉ちゃんにきつく当たられるの好きなの」
 上目遣いで言いのけた言葉の真意が分からずに戸惑った。彼女はそのまま続ける。
「お姉ちゃんだけなの、蒼菜に強い感情を向けてくれるの。友達も、お父さんも、お母さんも、みんな優しくしてくれる。でもそれってきっとどうでもいいから出来ることでしょ? お姉ちゃんは違う、それが良い気持ちじゃないとしても、蒼菜には暖かく感じられたよ。だからお姉ちゃんはあの家に必要だよ。これからも敵視して」
 ゆっくりと頬を離して、私の目を見てお願いをしてくる妹を、ただ私は同じように見つめ返すことしか出来なかった。微笑む妹は不気味にも見えたし、天使のように神々しくも見えた。
「戻ろっか」
 どれだけの時間、二人で見つめ合っただろう。本当は数秒なのかもしれない。浮き輪の紐を引っ張ってくれる背中を眺めながら、妹の知らない一面を作ったこの長い時に思いを馳せた。
 砂浜に戻ると蒼菜はいつもの明るい彼女に戻っていた。海の家でご飯食べよ、と提案され、引っ張られる手を「やめて恥ずかしい」と振り払う。
 ついいつもの調子で言ってしまったが、蒼菜は気にもとめていないようで、ぶう、と唇を尖らせた。少しだけ安心する。