父の言葉に促され、蒼菜は私を一瞥すると、大きな背中の奥に隠れた。父が私を見る。扉が閉まるその瞬間まで、カエルを睨む蛇のように、ジッと見つめられ、そして暗闇が帰ってきた。
 虚無感に襲われた。同時に、心が酷く痛い。蒼菜が置いていったカイロを手に取り、お腹に押し当てた。その温もりに余計に傷付けられる。気持ちよくて、痛い。涙が零れてきた。横になって目を瞑る。早く眠れ。眠れ眠れ。カイロを握りしめ、その時を待った。
 その時が来た。
 来たのに、望月くんの隣には彼女がいた。血の気が引いていく。
「どうして……」
 私の声に気付いた彼が振り返る。いつものように、よ、と片手を上げてきた。
「来たか、星村」
「ど、どうしてっ」
「へ?」
「どうして、彼女がいるのっ」
 望月くんの顔を眺める横顔に向かって指を差した。え、え、と彼は狼狽えたように私の差した先と、私を見る。
「な、なにが?」
「何がじゃないよ! ここに呼ばないでよ! ここは、私たちの場所なのにっ」
 もう嫌だ。もう嫌だ。私は走り出した。
「ほしむらっ」
 彼の声が後を追って来る。振り払いたくて更に足を早めた。
 どこにも私の居場所はない。走ってもどこまでも続くこの空間に、どこか私の居場所がないか探す。どこまでも走る気でいた。だって、夢の中でさえも奪われたら、私はどこに……。
「星村っ」