そうしていると蒼菜が帰宅した。私の様子を見に来たがすぐに追い返す。やがて父が帰ってきた。やはり様子を見に来たが、父の心配が疎ましく思えて「何も余計なことはしてないからあっちへ行って」と追い返した。心配されたってもう溝は埋まらない。
 お風呂に入ってベッドに入った。昼間寝すぎたせいで眠れない。電気を消して、ぼんやりと天井を見つめていると、扉がノックされる。答えなかったが、扉が開けられた。
「お姉ちゃん? 寝てる?」
 蒼菜だ。布団を頭まで被り「寝てる」と返してみた。笑った気配と共に、蒼菜が近付いてきた。
「カイロ持ってきたんだ」
「……置いといて」
「お姉ちゃん、今日あったこと聞いてくれる?」
「……話せば」
「今日ね、晩御飯食べてる時、お母さんがお姉ちゃんのこと話したの」
 一瞬、聞き間違いだと思った。自分の耳を疑ったが次の瞬間には引っ張られるように上体を起こし、蒼菜を見ていた。
「うそ……」
「嘘じゃないよ。あの子……あの子はどこって言ったの。お父さんが、あの子ってって聞き返したら、あさきよって」
「そ、それで?」
「歩咲は体調崩して寝てるって返してた。それだけだし、それ以降はもうお姉ちゃんのこと忘れたみたいだった」
 安堵のため息が漏れ出た。いやしかし、と思い直す。昼間のことが母の記憶を呼び戻したのなら、やはり私は母の前に出るのを少し控えた方がいいかもしれない。
 私の決意を知らない生暖かい手が握ってきた。