「お願いだから、現実で生きて」
 ……花乃子? 花乃子の声が頭の中で響く。顔が浮かぶ。必死の形相で、そんなことを口にしている。
「……さんだけじゃなくて、私も見て」
 誰? 誰のことを言ったのだろう。尚も訴えかけてくる。
「蒼菜ちゃんを見て。教室を見て。世界を見て。歩咲が疲れてしまったのは分かるけど、歩咲が捨てたくなるほど、この世界は歩咲を嫌ってないよ」
 何を、言っているのだろう。教室なんて、クラスメイトたちはみんな私を嫌って……いや、違う。違うじゃないか。
 神崎さんや葉月くん、真咲くん、それに他のみんなも、楽しくて優しい人たちで、仲良くなってくれた人たちで、そうだ、学校へ行くのが楽しみになっていたじゃないか。
「お姉ちゃんだけなの」
 今度は、蒼菜の声が響く。嬉しそうな顔で、そうだ、青い空、海に浸かりながら、そんな話をした。
「蒼菜に強い感情を向けてくれるの。友達も、お父さんも、お母さんも、みんな優しくしてくれる。でもそれってきっとどうでもいいから出来ることでしょ?」
 蒼菜は誰からも好かれて、両親の愛を一心に受けて、私はそんなあなたが疎ましくて、羨ましかった。彼女がいると私はあの家に必要ないって突きつけられる。
「お姉ちゃんは違う、それが良い気持ちじゃないとしても、蒼菜には暖かく感じられたよ。だからお姉ちゃんはあの家に必要だよ」
 なのにあなたが、そんなことを言うから。そうだ……私、家に帰るのも、ちょっと苦痛じゃなくなったんだ。
 あれ、この後を思い出せない。どう帰ったか、どう遊んだか……。でも、凄く楽しかったような気がする。
「お姉ちゃん?」
 つきに呼びかけられ、目を開けると雫が頬を伝う。雨かと思って触れようとして、先に小さな手が触れてきた。
「泣いてるの?」
 言われて初めて気付く。ぽろぽろと泣いていた。でも、どうして。