「最近バイトを何個か始めたみたいで、働き詰めらしい。家には寝に帰るだけって聞いた。……けど、あんまり寝れてないみたいでさ」
 屋詰さんは、歯を噛み締めて悔しそうに続けた。
「歩咲ちゃん、君に散々きつく当たってきたこと、許されることではないと分かってるけど君にしか頼めない。いっせを助けて欲しい」
 驚いた。彼が頭を下げたことに、じゃない。私は手を横に振った。
「わ、私がですか? 私なんかじゃ……。大体、助けるって、何を」
「目に見えていっせはやつれてきている。あいつは寝れないんじゃない、寝ないんだ。俺、何度か家へ覗きに行ったんだけど、その度に悪夢にうなされてて……。君なら、助けられるんじゃないか」
 勢いよく肩を掴まれ、必死の顔で訴えかけてきた。
「夢の中に入って、あいつを助けてやってくれないか!」
 揺さぶられ、その力の強さに、いた、と声を漏らすと、我に返ったようで、悪い、と手を離してくれた。バツの悪そうな顔。必死だった顔が頭から離れず、私は、自分の無力さを恨んで俯いた。
「私なんかじゃ」
「いっせが孤独を感じないようにいつも傍にいたけど、友達が埋められるものって限度があるんだ。知ってるか? 恋愛ってのは親から与えられた愛情の延長線らしい」
「それってどういう……」
 顔を上げると、屋詰さんは切なそうな顔をして「頼んだぞ」と念を押してきた。
 彼が残した言葉の意味を考えながら、帰路に着いた。それから望月くんの過去を思った。見ていないのに、聞いただけでも苦しみが伝わる。心を閉ざすのには十分だ、と思える。
 空を仰ぐ。相も変わらず厚い雲に覆われている。
 屋詰さんの言うように、もう一度、夢で逢えたなら。その時は何を話そう。
 私は望月くんに学校で出会う前日のことを思い出していた。