登校中、花乃子に夢を見なくなったことを話すと、彼女は嬉しそうな、それでいて安心したように口角を緩めた。
「歩咲からしたら良くないことなんだろうけど、私は安心したよ。これをきっかけに、望月さんに話しかけてみたら?」
「……無理だよ」
「どうして?」
「望月くんは、私に、自分の人生に入ってきて欲しくないの」
「そんなこと……」
「私も……私も、望月くんが、私の人生に入ってきたら、怖い。嫌われたら、怖い。見放されたらって思うと……」
 ああ、そうか。言っていて、やっと気付いた。あの時だけ、あの瞬間だけの関係だから、私たちは気が楽だったのだ。
 待ち合わせをしていなくて、ただそこに居合わせただけ。コンビニの店員さんとお客さんのような、毎日電車で顔を見るだけのような、エレベーターでただ一緒に乗っただけのような、顔も知らない人と文通を楽しむだけみたいな、そんなほとんど顔見知り程度の無関係の状態が心地よかった。
 だから私たちは頑なに学校では関係を持ちたくなかった。
 でももうそういう問題じゃなくなってきている。
「もう離せなくなりそうで、でも拒絶されたらって思うと、怖い。怖いよ、花乃子」
 恐怖心が押し寄せてくる。思わず花乃子にしがみついた。想像してしまった。想像すると足が崩れそうなくらい怖くて、だったら、と私は続けた。
「今のままでいい。今のままだったら、私の中の望月くんはあの場所にいる優しい望月くんのままだから」
 彼女の華奢な肩に掴まりながら、今の思いを吐露した。これが本音だった。だから私は会いに行く選択肢を取らないし、このブレスレットを彼だと思って大切にしたい。