花乃子と別れ、家へ帰るとリビングに母がいた。母は私に見向きもせずにテレビを見ている。別にいつものことだが、母の生活に私が消え失せてから数年経った。
 寂しい、か。そういう感情、もう湧かなくなったな。
 自室に入って着替え、ベッドに腰かけた。
 母は私が見えなくなった、と言っても過言ではない。
「あんたは蒼菜と違って要領も悪いし頭も悪いし可愛くもないからせめて家事を覚えなさい」
 母がそう言ったのは、私が小学三年生の時だった。母の言葉は当時の私に重くのしかかった。本当にそうだと思ったし、だからこそ言われた通りに家事を手伝うようになる。やがて全ての家事を担うようになった私に母は毎日嫌味を言うようになった。
「こんなところに埃あるんだけど。あんた自身が汚いから汚れにも目が行かないんじゃない?」
「なに、この料理。濃い味付けでお母さんたちの身体を悪くするつもり? 死ねって言いたいわけ?」
「あんたは廊下で寝なさい、臭いんだから。蒼菜、こんなところで寝ないでベッドで寝なさいよ」
 今でも思い出せる言葉の数々。私が爆発したのは、小学六年生だったと記憶している。
「お母さんの顔、気持ち悪。悪魔みたい」
 初めて吐いた暴言だった。母は私の反論に驚き、顔を歪ませた。それが快感へ繋がった。
 まずは家事全般放棄した。もちろん母は怒ったが思いつく限りの暴言を吐いた。
「何で子どもの私がしなきゃいけないわけ? あーお母さんじゃまともに家事出来ないもんね、掃除してるはずなのに汚すし。どっちがゴミなのっていつも思ってたもん。洗濯物もお母さんの顔みたいにシワッシワ。一日通しても家事全部終わらないし、お風呂入る時間も作れないくらい要領悪いからいつも臭かったもん」
「何これ、料理? ゴミ? 私こんなの食べられないから。捨てちゃおっと」
「ほーんと悪魔みたいな顔してる。意地悪してきたからだね、もう戻らないよ、その顔」