「歩咲のことを思い出したのか?」
「あさ、あさき……歩咲、ああああの、悪魔みたいな子を、私から遠ざけて!」
 父にすがりついたかと思うと、今度は力をなくして身体を預けた。それから寝息が聞こえ、私たちはその寝息を聞きながら、どうすべきなのか、お互い分からずに立ち尽くしていた。
 とりあえず母を寝室に運ぶと、父がリビングに戻ってきた。私もとりあえず椅子に座って、戻ってきた父に視線を送る。
「思い出すなんて……思わなかった」
「いや……最近、お前のことを度々言うことがあったんだ。俺もお前の話をしてたから……」
 魔法が解けつつあった、ということだろう。ため息が零れた。
「お母さんと、話したくない」
「お前はまたそういう」
「ちゃんと話したことなかったよね? 私、お母さんにしつけられてたなんて思ってなかったよ、ずっと虐められてるって思ってた」
 父の目を見て、きちんとあの時思っていたことを話そうと決意した。苛立ちに任せるんじゃなくて、言葉を選んで、ちゃんと話せば分かり合えるはず。
 前に蒼菜が私に心の内を見せてくれたように。
「毎日毎日辛かった。お父さんのいないところでぶたれることも多かった。蒼菜はよしよししてもらえるのに、私に降りかかるのは暴力と暴言。このままじゃ殺される……そう思ったの。だから」
「だからお母さんを傷付けたのか?」
 父の、重みのある声に言葉を詰まらせた。いつの間にかその顔は怒りに満ち、私を睨みつけていた。私は何とか頭を振ってみせた。
「そうだけど、そうじゃない……。そうじゃないよ、自分の身は自分で守らなきゃって」
「お母さんがお前を殺すわけないだろ。自分の子どもだぞ? そんなことも分からずにお母さんの心を殺したのは、お前だ」
 ああ、駄目だ。