しかし、逃さないように花乃子が私を抱きしめた。
「お願いだから、現実で生きて。望月さんだけじゃなくて、私も見て。蒼菜ちゃんを見て。教室を見て。世界を見て……。歩咲が疲れてしまったのは分かるけど、歩咲が捨てたくなるほど、この世界は歩咲を嫌ってないよ」
「花乃子……」
 花乃子の声は震えていた。私は華奢な背中に手を回し、目をつぶった。花乃子の温もり、鼓動、服の感触や、触れる肌の弾力。恐怖心が薄れていく。焦っていた気持ちが萎んでいく。花乃子の言葉が、ぽたりぽたりと点滴のように、胸中に落ちていく。
 私は、やっぱりまだこの世界を見たくないと思う。また向き合うことに疲れてしまっている。けれど、花乃子がいて、紬と仲良くなって、蒼菜と分かり合えて、以前よりもその気持ちが和らいでいることを感じている。
 この人たちが、いらないとは思わない。
 花乃子の肩を離すと、涙を目に浮かべていた。
「ありがとう。ごめんね、もう大丈夫……」
 安堵した笑みが見れて、私も習って微笑んでみた。
 けれど、完全に手放すこともまだ出来ない。頭の片隅で、望月くんと、あの場所を思い浮かべてしまっていた。
 その翌日も、夢を見なかった。焦りはあった。しかし、花乃子が屋詰さんと連絡を取ってくれて望月くんの様子を教えてくれたからまだ取り乱さずに済んだ。
 望月くんも、私と同じように戸惑っていたらしい。屋詰さんしかこのことは知らないから表面上は普通を装っていたようだが、陰で屋詰さんに掴みかかるような形で取り乱した。そこで花乃子からの電話を受け、落ち着きを取り戻した。