とある朝。
今日は出勤日。一応木曜、土曜昼、日曜祝日が定休日なんだけど平日一日休むこともできたりする。忙しい時は休めない。そういうところが多いのではないだろうか。

別に私は用事がなければ休みじゃなくても大丈夫。でもたまにの平日休みもそれはそれでいいと思っている。

家からすぐ近い理由で朝も早くから勤める歯科医院に出勤し、機器の電源入れ、レジやカルテの整理、各所の掃除、予約待合室の準備……。
事務員は社員の私と院長の奥さん、パートさん1人の計3人で回している。
短大卒業してすぐここに就職したから歴は結構長い。お局さんレベルに値するのだがいかんせん歯科助手のらパートのおばさんたちが多いから年齢的にも真ん中くらい……。

事務の部門だけでも私が3人の中で一番若い(と言っても大差ない)し独身だから暗黙の了解で朝早くの準備をずっとやっている。

40代中盤のパートさんに関しては私より5年後にこの病院にきて数年後に結婚、出産、産休育休2回続けてからようやくパートとして社会復帰してきた。私よりも勤務期間は浅いのに。でもここで恨んでいてもしょうがない。
一時期は子供の病気で独身の私が変わって出勤したり院長の奥さんと2人でヒーヒー言いながら回したり。

事務員の中でもこれでバタバタしてるけど女性の歯科助手たちも結婚やら出産やらで入れ替わり立ち替わり。パートのおばさん歯科助手数人と私と同期の歯科助手がずっと残っているかと思う。
狭い歯科医院だけどある程度人数がいないと回らない。

事務員としては1日に1人あるいは2人。今日は院長の奥さんの里美さんもいるが私がメイン。
ニコニコと微笑み老若男女の患者さんを受け入れるのだ。

今朝一番、見知らぬ患者がやって来た。彼は大柄で威圧的な雰囲気。他の時間通りに来た後ろの患者たちは彼に困惑している。
里美さん曰く昨晩の閉院前に急患として来たのだがとりあえず痛み止めだけ出した人だと。
そりゃ私も知らんわなぁ。パートさんの引き継ぎメモに残ってない……。残しておきなさいよぉ。いっつも大事なことをメモに残さない。
ちゃんと引き継ぎメモをしっかり読んでから始業してるのに。里見さんは予約の電話を対応中。

私は冷静に対応する。いろんな患者さんが今までいたものだ。見た目でオラオラしてくるだけのようだからまだまともだ。そう判断した。長年受付をやっている勘である。

近くにいる小さな男の子、とても怯えてお母さんに抱きついていたけど大柄の患者さんが入っていくと男の子に対しては思わず
「怖くないよ、大丈夫」
と声をかけると驚いた表情で私を見つめ、ニコッと笑う。
可愛い……抱っこしているお母さんは苦笑いして奥の方に座ってしまった。子供は可愛いけど親さんがちょっとなぁーな人もいる。そうじゃない人もいるけど。

私はもともと保育科の短大にいたし玲子の子供で慣れている。お菓子とおもちゃとアニメ番組と動画配信でなんとかなる。
なんとかなる、と言ったら育児中の人に怒られてしまうだろうけども。

ガチャン

何かが割れた音。

あ、またか。私は治療室の方を覗かせると、そこには足元に機具を落としてうなだれる大柄の彼の背中を見て状況を察した。

「また内海君……すいませんねぇ。清潔なものをもってきますのでしばらくお待ちください」

パートの歯科助手のおばさん、患者さんの前だから抑え気味に怒っている。患者さんも不安そう。

「すいません、今持ってきますので」

と、てへっと笑う内海君は名古屋出身の26歳の歯科助手だ。
実家が歯科医院でわが医院の先代の医院長と仲が良く、修行ということでここで歯科助手をしに来ているようなのだが……そそっかしいしおっちょこちょいだけどひとなつっこい。

良い言葉で言えばそうなんだが、お調子者と言えば簡単であろう。
てへ、で済んだらなんでもいいとか思っている節があるからちょっと困ったもんだがパートさんからもいじられかわいがられる得した子なんだろうなぁ。

あー、いわゆる世渡り上手ってやつね。でも育ちが良いのか馬鹿っぽくないというか……かと言って賢そうではないけどね。
愛想が良ければいいのよ、って死んだおばあちゃんが言ってた気がする。愛想……どうやら私にはないらしい。

だから内海くんがおっちょこちょいなのはさておき世渡り上手な彼が少し羨ましかったりもする。

「ほんとすいません、リミさん。騒がしくって」
「いつものことだから、大丈夫……あ、はいこんにちは!」
ひっきりなしに患者さんは来る。ぼやっとしている場合ではない。

私はニコッと微笑んで対応する。
いろんな業務の繰り返しで座ってることが多いけど変わり映えもなく毎日業務をこなしている。平穏に終われば夜7時には締めて帰れるけど急患が来たら里美さんに任せて遅くなっても夜八時には出られるし用事があったら里美さんに任せて六時や七時に帰られる。
ほんとその時によりけりなんだけどね。

もう20年近くこの仕事してる。システムやらなんやら変わってやりやすくなったりやることが増えてはいることもある。
患者さんの入れ替わり立ち替わりや子供達の成長やら見れて楽しいモノである。

いいこともあれば大変なこともある。それを乗り越えられているのは……。