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 赤い糸が見えるようになったのは、いつからだったのだろう。
 物心がつくころには俺の指には赤い糸が結ばれていて、当たり前のようにそこに存在していた。
 シャツを着ると、いつも袖の内側に入り込んで鬱陶しかった。でもおかしなことに、気づくと糸は袖の中から消えていた。まるで服を着てから結び直したかのように、糸はちゃんと外に出ているのだ。
 不思議だった。
 不思議だけれど、まだ小さかった俺は、それが不思議なことなのだと認識できていなかった。
 そのころの俺はもしかしたら、髭がある人、肌が焼けている人、茶髪の人がこの世に存在するように、赤い糸もただの個性のように思っていたのかもしれない。
 ただ、自分以外に赤い糸がついている人間を見たことはなかったけれど。

〝おねえちゃん。なんで、ぼくだけここにいと(・・)がついてるの〟

 姉ちゃんの話によると、俺は幼稚園児のときにそんなことを聞いたらしい。
 俺は何ひとつ覚えていない。けれど、きっとそのころに気づいたのだろう。
 赤い糸が結ばれている自分は異質なのだと。

〝糸って?〟
〝これ〟
〝これって、どれよ〟

 そんなやり取りをしたという。
 そして、左手の上でなにかを摘む仕草をする俺を見て、姉ちゃんはぞっとしたらしい。

〝お母さーん! 陽斗が変なこと言ってるよぉー〟

 俺はそこで、ようやく赤い糸は自分にしか見えていないと知ったのだ。
 ——赤い糸のことは、誰にも言ってはいけない。
 姉ちゃんの反応のせいか、そのルールは俺の中に不文律として存在するようになった。
 それでも俺は、何不自由なく日々を過ごした。赤い糸はすっかり景色に溶け込んだ。俺はごく普通の、少し冷めた、そこらにいる少年のひとりになっていた。
 〝赤い糸の伝説〟を聞いたのは、小学四年生のころだったと思う。
 スマホで音楽を聴いていて、〝赤い糸〟という歌詞が出てきたものだから気になったのだ。
 たまたまそばにいた姉ちゃんに、そのことを聞いた。当時高校生だった姉ちゃんは、俺のスマホを覗き込みながら説明してくれた。

〝赤い糸でつながってるふたりは将来結ばれるんだよ。どこにいても、なにをしてても、いつか巡り合って恋に落ちるの。運命の相手ってやつね。あ、そういえば陽斗、小さいころ指に糸が見えるって言ってたことあったなぁー。あれ、なんだったんだろう。不思議!〟