「陽斗はさ、好きな人いないの?」
渉はしばらく告白時の感想を語ったあと、俺のほうへと話題を向けた。
その質問は人生で何度かされたことがあるけれど、俺の答えはいつも決まっている。
「いないよ。今のところ、ひとりで充実してるし」
「本当、陽斗って異性に無関心なのな。結構モテそうなのにもったいない。充実ったってさ、陽斗、趣味とかあったっけ?」
「趣味くらいあるよ。漫画とか、テレビとか、スマホゲームとか」
「それってないのと一緒じゃん」
渉が笑う。ちょっとむっとして、無言のままミートボールを口にした。
漫画やテレビを趣味と見なさないのは失礼だ。どれも立派なエンターテイメントなのに、世の中の人間は、たとえば漫画なら年間に何百冊も読んでいるレベルじゃないと趣味と認めてくれない。
……まぁ、俺にとってのすべての遊びは暇つぶし以外の何物でもないから、無趣味というのは合ってるのだけれど。
ふと、おにぎりを持つ渉の左手を見た。
彼の指には、もちろんなにもついていない。
野球部の練習ですっかり日に焼けた、力強い五本の指が並んでいるだけだ。
「じゃあさー、うちのクラスで好きなタイプの女子は?」
「クラス……。そもそも、クラス替えしたばっかだからまだ顔と名前覚えてない」
「一ヶ月以上経ってるんだから少しは覚えろよ……。じゃ、芸能人で言うと誰?」
「テレビ、あんまり見ないから知らない」
「趣味じゃないんかい」
渉がまた白い歯を見せた。
「変なやつー。……いつか陽斗にも、好きな人できたりすんのかなぁ」
俺は黙って弁当を平らげ、蓋を閉じる音で話を終わらせた。
そのあとは、ふたりで屋上を満喫した。
ごろごろしながら、最近流行りのショート動画をお薦めし合ったり。なんなとなく写真を撮ってみたり。どこからかやってきた蟻を、無駄に追いかけてみたり。
でも途中から、渉が「時任さんにチャットしてみよ」なんて言ってスマホに夢中になってしまった。俺は空気を読んで、また屋上の縁へと向かう。
下を覗くと、先ほどと変わらずそこには糸が伸びていた。
糸は校門を抜け、住宅街へと向かっている。それを逆方向に辿っていくと、校舎へと入ってくる。
糸の行方はわからないけれど、片側の終着点は知っていた。
糸は昇降口を通ると、階段を上り、屋上のドアの下をすり抜ける。寝転がっている渉の脇を通って、白いフェンスをよじ登ってくる。
最終的に、その糸は俺の左手の小指にたどり着く。
そう。
俺の小指には、赤い糸が結ばれている。
「あ、予鈴」
背後で渉がつぶやいた。
ドアの向こうでチャイムが鳴っている。外にいた一部の生徒たちも、音を聞いて校舎へと入っていく。
俺たちも、戻らないと……。
振り返ろうとして、不意に、視界の隅に気になるものが見えた。
もう一度眼下に目を向ける。
「……あ」
赤い糸は、変わらず正門を抜け、住宅街を走っている。
その、学校から出て少ししたところにひとりの女の子が見えたのだ。
目を凝らしてその人を見つめた。
紺の制服を着ている。うちの学校の生徒だろう。しゃがんで俯いたまま、道の端でじっとしている。
誰だろう。
もう昼休みも終わるのに、どうしてあんなところにいるんだろう。
いや、そんなことより。
——糸が。
赤い糸が……あの子のところで、途切れている?
「陽斗! 行くぞぉー」
急かすように、背後から声がした。
ひとまずフェンスから手を離そうとする。でもその手が、この場所から離れることを拒む。
彼女がこっちを向いたからだ。
まっすぐに屋上を見つめる彼女の、表情が見えた。いや、見えるわけがない。どんなに視力がよかったとしても、この距離で、この遠さで、人の表情まで見えるわけがない。
なのに見えてしまったのだ。
彼女の瞳が。
彼女の、救いを求めるように大粒の涙を流している、その表情が。
渉はしばらく告白時の感想を語ったあと、俺のほうへと話題を向けた。
その質問は人生で何度かされたことがあるけれど、俺の答えはいつも決まっている。
「いないよ。今のところ、ひとりで充実してるし」
「本当、陽斗って異性に無関心なのな。結構モテそうなのにもったいない。充実ったってさ、陽斗、趣味とかあったっけ?」
「趣味くらいあるよ。漫画とか、テレビとか、スマホゲームとか」
「それってないのと一緒じゃん」
渉が笑う。ちょっとむっとして、無言のままミートボールを口にした。
漫画やテレビを趣味と見なさないのは失礼だ。どれも立派なエンターテイメントなのに、世の中の人間は、たとえば漫画なら年間に何百冊も読んでいるレベルじゃないと趣味と認めてくれない。
……まぁ、俺にとってのすべての遊びは暇つぶし以外の何物でもないから、無趣味というのは合ってるのだけれど。
ふと、おにぎりを持つ渉の左手を見た。
彼の指には、もちろんなにもついていない。
野球部の練習ですっかり日に焼けた、力強い五本の指が並んでいるだけだ。
「じゃあさー、うちのクラスで好きなタイプの女子は?」
「クラス……。そもそも、クラス替えしたばっかだからまだ顔と名前覚えてない」
「一ヶ月以上経ってるんだから少しは覚えろよ……。じゃ、芸能人で言うと誰?」
「テレビ、あんまり見ないから知らない」
「趣味じゃないんかい」
渉がまた白い歯を見せた。
「変なやつー。……いつか陽斗にも、好きな人できたりすんのかなぁ」
俺は黙って弁当を平らげ、蓋を閉じる音で話を終わらせた。
そのあとは、ふたりで屋上を満喫した。
ごろごろしながら、最近流行りのショート動画をお薦めし合ったり。なんなとなく写真を撮ってみたり。どこからかやってきた蟻を、無駄に追いかけてみたり。
でも途中から、渉が「時任さんにチャットしてみよ」なんて言ってスマホに夢中になってしまった。俺は空気を読んで、また屋上の縁へと向かう。
下を覗くと、先ほどと変わらずそこには糸が伸びていた。
糸は校門を抜け、住宅街へと向かっている。それを逆方向に辿っていくと、校舎へと入ってくる。
糸の行方はわからないけれど、片側の終着点は知っていた。
糸は昇降口を通ると、階段を上り、屋上のドアの下をすり抜ける。寝転がっている渉の脇を通って、白いフェンスをよじ登ってくる。
最終的に、その糸は俺の左手の小指にたどり着く。
そう。
俺の小指には、赤い糸が結ばれている。
「あ、予鈴」
背後で渉がつぶやいた。
ドアの向こうでチャイムが鳴っている。外にいた一部の生徒たちも、音を聞いて校舎へと入っていく。
俺たちも、戻らないと……。
振り返ろうとして、不意に、視界の隅に気になるものが見えた。
もう一度眼下に目を向ける。
「……あ」
赤い糸は、変わらず正門を抜け、住宅街を走っている。
その、学校から出て少ししたところにひとりの女の子が見えたのだ。
目を凝らしてその人を見つめた。
紺の制服を着ている。うちの学校の生徒だろう。しゃがんで俯いたまま、道の端でじっとしている。
誰だろう。
もう昼休みも終わるのに、どうしてあんなところにいるんだろう。
いや、そんなことより。
——糸が。
赤い糸が……あの子のところで、途切れている?
「陽斗! 行くぞぉー」
急かすように、背後から声がした。
ひとまずフェンスから手を離そうとする。でもその手が、この場所から離れることを拒む。
彼女がこっちを向いたからだ。
まっすぐに屋上を見つめる彼女の、表情が見えた。いや、見えるわけがない。どんなに視力がよかったとしても、この距離で、この遠さで、人の表情まで見えるわけがない。
なのに見えてしまったのだ。
彼女の瞳が。
彼女の、救いを求めるように大粒の涙を流している、その表情が。