驚いて、言葉が消える。
 時任(はな)は、隣のクラスの女子生徒だ。
 物静かで、運動が苦手で、クラスの中ではあまり目立たないタイプの子。だけれど笑うときに口元に添える指がきれいで、そういうところがはっと目を引く、そんな人だ。
 去年、俺たちは三人とも同じクラスだった。
 といっても俺は時任さんと話す機会はほとんどなかったけれど、渉は委員会が同じだったこともあり、多少関わりがあったらしい。持ち前の社交性で、時任さんと世間話をしているところを何度か見てきた。
 二年生になり時任さんとクラスが離れてから、渉に「時任さんが好きだった」と打ち明けられた。
 でも、その言葉は過去形だった。だから、俺に吐き出したことで区切りをつけたのかと思ったのだけど。

「……で、返事は?」

 聞くと、渉の視線は重力に引かれるように真下へと下がっていった。
 こういうときの渉のパターンは心得ている。
 だから、結果は容易に想像がついた。でも腰を折るのもなんだから、無駄に溜め(・・)を作っている渉を静かに見守る。
 渉はしばらく暗い表情で俯いていたかと思うと、急に両手と顔を空に向け、大声で叫んだ。

「OK、もらえたぁー!」

 ……やっぱりね。
 卵焼きを口の中に放った。
 告白が成功したからこそ、渉は俺を人気のない屋上へ誘ったのだろう。振られたのなら長々と話すこともないのだから。

「……え。あのー。リアクション、なし?」

 頭の中でくだらない分析をしていると、渉が両手を下げて俺を見た。
 思っていた反応がもらえなくて拗ねているらしい。まぁ、お祝いされるために俺に話したのだろうから当然だろう。
 こんなとき、なんと言えばいいのか。

 ——びっくりした。
 ——やったじゃん。
 ——勇気出して、よかったな。

 でも、どれも渡されたト書きを読み上げているだけのようで、自分の言葉じゃない気がする。

「おめでとうございます」

 結局なにも思いつかず、ありきたりなセリフでお祝いした。
 すると渉は、まだ気に食わないのかさらに追求してくる。

「なんか、感情こもってなくない?」
「や、別に……。……いまいち、実感がないっていうか」
「実感ないって失礼だなー。たしかに、勝算はなかったけど!」

 渉が怒り出す。でも別に、渉をばかにする意味で言ったわけじゃない。
 これは俺自身の問題なのだ。

「渉が誰かに告白したら、誰も拒否しないって前から思ってたよ。ただ、俺が恋愛そのものをイメージできないだけ」

 俺はまだ、誰かを好きになったことがない。
 だから、なにもわからないのだ。恋する気持ちが。付き合えることになって飛び上がるほどうれしい、その気持ちが。
 家族への愛情や、友人に対する好意なら理解することはできる。
 でもそれらと、異性に抱く特別な感情は別枠だと思う。
 だから、ピンとこない。渉と時任さんがどこかへ出かける場面は浮かんでも、そこに含まれる感情が想像できない。高揚感、愛しい気持ちがどこから湧いてくるのかわからない。
 別に、興味がない、っていうわけではないのだけれど。