「わかった」  
 私がそう口にすると奏翔は前を向き、着いたぞ、と静かに言った。
 スマホのライトで照らしてみるとその家は、目と鼻の先にあり、まるでお屋敷のような外観だった。灰色の瓦屋根に薄い肌色の壁が特徴的で、古風な趣を漂わせている。玄関の古びた木枠のドアからも、築40〜50年は経っていそうな雰囲気を感じた。
「ただいま」
 奏翔は木枠のドアを引きながらそう言い、私もその後に隠れるようにして続いた。人の家に入るのは久しぶりで、敷居をまたぐのさえためらわれるのだ。
「おかえり。あら、後ろにいるのはカノジョさん?……なわけないわよね?」  
 目の前の階段を降りてきた40代くらいの女性が驚いた表情で出迎えてくれた。赤茶のセミロングヘアに琥珀色の丸い瞳、そしてすっと通った鼻筋が印象的だ。彼女は奏翔と背丈も似ており、風貌もよく似ている。
「カノジョだよ。あれ、言ってなかったっけ?母さん」  
「聞いてないわよ! そもそもあんたが家に人を連れてくるなんて初めてじゃない!」  
 奏翔がとぼけると、母さんと呼ばれた女性は驚きと戸惑いを隠し切れない様子で、すぐに彼を叱りつけた。額にシワが寄り、切れ長の眉が鬼のような表情を作り出している。どうやら奏翔も私と同じくらい、人付き合いが狭いようだ。
「まぁまぁ、この前も朝早くから何も言わずに出て行ったじゃない。きっとデートだったんでしょ」
 居間から顔を出したのは、50代くらいのおばさんだった。焦げ茶色のポニーテールに、まっすぐな細眉が印象的で、泉平くんとよく似ている。
「そうなの? あんた」   
 奏翔の母さんは半信半疑のまま問い詰めてくる。
「ああ、そうだよ」    
 それに奏翔は当然のように答える中私は少し戸惑いながらも、せめて挨拶はしようと決心する。緊張で心臓が速く打つのを感じながら、少し顔を隠していた奏翔の背中から顔を出し、口を開いた。
「お、お邪魔します。た、高吹楓音……です」
 しかし、出した声はしどろもどろで、まるで人見知りのようだった。自分のことなのに、まるで他人事のようにそう思う。
「隠れてないで、堂々としろ」  
 突然、階段の上から泉平くんの張りのある声が響いた。いつの間にか三羽先輩を送って帰ってきたらしい。彼の声に驚き、思わず再び奏翔の背中に隠れてしまった。奏翔の母さんも少し怖そうだから、なおさらだ。
「大丈夫か?」    
 私の様子に気づいた奏翔が振り返り、困ったように笑みを浮かべながら、私の背中を優しくトントンとたたいてくれた。その優しさに、少しだけ緊張がほぐれ、心の中で深呼吸をした。少しだけ、自分を落ち着かせようと試みる。