寝不足のせいで泥のように眠っていた。が、私は唐突に鳴ったスマホのアラームに叩き起こされた。6時前に未弦と待ち合わせをした後、有給を取った父さんの車で学校へ向かう。目的は普通クラスに移るための直談判であり、担任の藤井と直接話を交わした。
 そこで止められたりするかと思いきや、藤井は「ちょうど普通クラスに移らないか相談を持ちかけようと思っていたの」と即承諾してくれた。おそらくこの前のテストと私の体調や耳を気遣ってしようとしてくれていたのであろう。
 加えて、聴覚過敏の症状が治まるまで、しばらくは図書室登校をすることになった。教室には行かず、家と図書室だけを行き来するという形だ。喧騒を避けられることはもちろん、藤井が音楽教師であるため、音楽室の向かいにある図書室は先生にとっても訪れやすく、必要な時にすぐに話ができる場所となった。
 ちなみに、藤井の好意で未弦と同じクラスに移ることが決まり、私が教室に戻る際には未弦の隣の席にしてくれることを約束してくれた。その間、未弦は幼馴染であり、さらに学級委員という立場から、授業ノートのコピーを毎日届けてくれることになった。加えて、昼休みには未弦も図書室に来て、一緒に昼食をとろうと提案してくれた。
 そして今は藤井と面談が終わり、図書室へ向かっている。父さんとは1階の面談室で別れ、その後未弦とは2階で別れ、3階に差しかかろうとしていた時だった。時計の針はあっという間に進み、始業10分前を迎えている。廊下には生徒の喧騒がざわざわと溢れ、後から階段を上ってくる音が聞こえてきていた。
「おはよう、楓音」
 背後から声をかけられ、反射的に振り返ると、そこには奏翔が立っていた。夏の半袖カッターシャツに黒いズボンを合わせた爽やかな姿で、そういえば今日から夏服への移行期間に入っていたことを思い出す。
 窓の外では梅雨の気配を感じさせる小雨が静かに降り注いでいた。
 学ランから少し変わっただけの服装なのに、彼のその爽やかな着こなしがやけに印象的で、私は思わず目を奪われる。奏翔の赤茶色の髪と整った顔立ちは、どこかチャラく見えるのに、同時にそのイケメンっぽさに釘付けになり、言葉がでてこなかった。