「いいな。俺も楓音と演奏したい。実は俺も楓音に合う楽器を考えていたところだったんだ」
 その頭を見透かされたのか、隣に座っていた奏翔が意気揚々とズボンのポケットからスマホを取り出し、フルートの画像を見せながら言ってきた。銀色の細長い横笛であり、一見リコーダーの横笛バージョンのように見える。だから単純にリコーダーと同じ感じで吹けばいいのだろう。それなら簡単だと思い、私は頷いた。その楽器があんなにも難しい楽器だったとは露知らずに。
 時計が午後5時を回った頃、一緒に夕食を楽しんだ後、未弦の家族と奏翔に「今日はありがとう。またね」と手を振った。体は疲れていたものの、心はすっと軽かった。
 だから、全く思いもしなかったのだ。奏翔との関係に突如として高い壁が立ちはだかろうとしていたことなんて。
 その時の私には、思いも寄らないことだった。