「……ダメだ、全然うまく弾けない。自分では弾けると思ってたのになぁ。明日本番なのに、こんなんじゃ情けねぇ」
楽譜の最後の一音を弾き終えると、奏翔は吐き捨てるように言った。彼は首を垂れ、ため息をひとつついている。まだ寂しさや辛さの方が大きく、音楽を楽しむ気にはなれないのも無理はない。
だからその言葉に寄り添うように奏翔の手を優しく握り、もう片方の手でスマホに文字を打って見せた。
【もしよかったら、明日も隣で弾くよ】
その文字を見た奏翔は、驚いたように顔を上げ、口を開いた。
「何言ってんだ。楓音が弾いたこともない曲だって何曲もあるんだぞ。楽采が作った曲とか、前のコンクールで弾いた曲とか、クラシックや流行りの曲だってある。未弦先輩たちとも音を合わせなきゃいけないし。無理だろ、そんなの。バカか」
私の突拍子もない提案に、奏翔の唇はわなわなと震えていた。まるで焦っているかのようだったが、同時に「ひとりで大丈夫だから気にしないで」と必死に言い聞かせているようにも見えた。
確かに無謀かもしれない。さっき奏翔と一緒に弾いた曲が、明日弾くかどうかは決まっていないし、その曲は私が泉平くんと作ったものだ。未弦たちもまだ弾いたことがないはず。
でも……。
「間違えたっていいじゃん。機械じゃないんだから」
ふと、奏翔が前に教えてくれたフジコ・ヘミングの言葉を思い出し、それを使って反論した。
「難聴だろうと初心者だろうと、大事なのは譜面通りに弾くことじゃない。間違ってもいいから、楽しむのが一番大事って奏翔が言ってたじゃん。だから、隣で弾かせてよ」
そう言って重ねて訴えると、奏翔は「そうだな」と思い出したように笑い、それからもう一度口を開いた。
「お願いだ、隣で弾いててくれ」
奏翔はすがるような眼差しで私に懇願してきた。
「今から楽采に連絡すれば、この曲は明日弾ける。俺がソロで弾く予定だった曲が3曲あるから、それにこの曲を加えればいい。今はもう校門が閉まってる時間だから、俺の家でピアノを弾こう。夜は泊まれ」
そう言って、奏翔はスマホを取り出し、操作しながら今後の予定を告げた。おそらく泉平くんにメッセージを送るつもりなのだろう。
それより……。
「ちょっ、待って!今、泊まれって言った?」
耳を疑い、慌てて奏翔の顔を覗き込む。確かに外はすでに暗く、星が輝き始めているが、誰かの家に泊まるなんて3年ぶりだ。それも異性の家だなんて、急すぎて頭が追いつかない。 「楓音、慌てすぎ。口、読めねぇから」
私の慌てぶりに、奏翔はクスリと笑った。はっとして、私はポケットからスマホを取り出し、文字を打って見せた。
【隣で弾くのはもちろんいいけど、泊まれってどういうこと?】
「あぁ、そうしないと時間が足りないだろ。別に手は出さないから安心しろ。ほら、行くぞ」
奏翔は当然のように言い、私の手を引いて歩き始めた。そのまま手を繋いで、丘を後にした。
楽譜の最後の一音を弾き終えると、奏翔は吐き捨てるように言った。彼は首を垂れ、ため息をひとつついている。まだ寂しさや辛さの方が大きく、音楽を楽しむ気にはなれないのも無理はない。
だからその言葉に寄り添うように奏翔の手を優しく握り、もう片方の手でスマホに文字を打って見せた。
【もしよかったら、明日も隣で弾くよ】
その文字を見た奏翔は、驚いたように顔を上げ、口を開いた。
「何言ってんだ。楓音が弾いたこともない曲だって何曲もあるんだぞ。楽采が作った曲とか、前のコンクールで弾いた曲とか、クラシックや流行りの曲だってある。未弦先輩たちとも音を合わせなきゃいけないし。無理だろ、そんなの。バカか」
私の突拍子もない提案に、奏翔の唇はわなわなと震えていた。まるで焦っているかのようだったが、同時に「ひとりで大丈夫だから気にしないで」と必死に言い聞かせているようにも見えた。
確かに無謀かもしれない。さっき奏翔と一緒に弾いた曲が、明日弾くかどうかは決まっていないし、その曲は私が泉平くんと作ったものだ。未弦たちもまだ弾いたことがないはず。
でも……。
「間違えたっていいじゃん。機械じゃないんだから」
ふと、奏翔が前に教えてくれたフジコ・ヘミングの言葉を思い出し、それを使って反論した。
「難聴だろうと初心者だろうと、大事なのは譜面通りに弾くことじゃない。間違ってもいいから、楽しむのが一番大事って奏翔が言ってたじゃん。だから、隣で弾かせてよ」
そう言って重ねて訴えると、奏翔は「そうだな」と思い出したように笑い、それからもう一度口を開いた。
「お願いだ、隣で弾いててくれ」
奏翔はすがるような眼差しで私に懇願してきた。
「今から楽采に連絡すれば、この曲は明日弾ける。俺がソロで弾く予定だった曲が3曲あるから、それにこの曲を加えればいい。今はもう校門が閉まってる時間だから、俺の家でピアノを弾こう。夜は泊まれ」
そう言って、奏翔はスマホを取り出し、操作しながら今後の予定を告げた。おそらく泉平くんにメッセージを送るつもりなのだろう。
それより……。
「ちょっ、待って!今、泊まれって言った?」
耳を疑い、慌てて奏翔の顔を覗き込む。確かに外はすでに暗く、星が輝き始めているが、誰かの家に泊まるなんて3年ぶりだ。それも異性の家だなんて、急すぎて頭が追いつかない。 「楓音、慌てすぎ。口、読めねぇから」
私の慌てぶりに、奏翔はクスリと笑った。はっとして、私はポケットからスマホを取り出し、文字を打って見せた。
【隣で弾くのはもちろんいいけど、泊まれってどういうこと?】
「あぁ、そうしないと時間が足りないだろ。別に手は出さないから安心しろ。ほら、行くぞ」
奏翔は当然のように言い、私の手を引いて歩き始めた。そのまま手を繋いで、丘を後にした。