「頭上げて、楓音の父さん」
 そこへにこりと笑みを浮かべた未弦が優しく呼びかけた。父さんは「へっ……」と小さな声を漏らしながらも、反射的に頭を上げる。
「楓音の演奏聴きたいなら楽器はなんでもいんだよね?」
 父さんに手を差し伸べながら未弦は問いかけた。
「ああ。聴けるならバイオリンじゃなくても構わない」
 父さんは未弦の手に首を横に振り、自分で立ち上がりながらも口にした。
「じゃあ、楓音。普通クラスに移って慣れてその耳も治ったら、うちらと一緒にコンクールとか出ようよ。前から楓音と演奏したいとはめっちゃ思ってたんだよねー」
 未弦はこちらを向き、歩み寄りながら私の手を優しく取り、その黒く澄んだ瞳を輝かせて言った。その声色にはこれからのことへのわくわく感が溢れている。それに便乗するように、弓彩も「弓彩もー」と手を挙げながら駆け寄ってきた。
「へっ、でも……」
 急な誘いに戸惑い、言葉がうまく出てこない。一緒に演奏といっても私はピアノで奏翔と共にカノンのサビを弾いたことがあるだけだ。その他の楽器だなんて、リコーダーと鍵盤ハーモニカしか吹いたことがない。そんなド素人で未弦達と一緒の舞台に立つなんてどんな楽器だろうが無理な話だ。
「大丈夫。うちが楓音にぴったりな楽器見つけてあるから。練習もサポートするし、藤井先生もいるから安心して」
「そうそう。フルートっていう楽器でね、小鳥のさえずりのような音がでるんだよー。ちょっと習得は難しいかもしれないけれど、弓彩もいるから大丈夫」
 面食らう私を落ち着かせるように未弦は勇気づけてきた。弓彩も続けて励ましの言葉を入れてくれる。が、フルートと言われてもピンと頭の中にそれが浮かぶことはなかった。耳にすることすら初めての楽器だからだ。