「ちょっと待って!弓彩の話聞いて」 
 そこへ、弓彩が割り込んできた。何か大切なことを伝えに来たようで、真剣な瞳をしている。普段の甘えん坊で短気な彼女らしくない、珍しい表情だった。
「どうしたの?」
 突然の切り出しに、両親は驚いたのか目を丸くした顔を見合わせた。それと同時にどこか緊張した空気が辺りに漂う。
「弓彩ね、舞台でバイオリン弾いてる時に変な人見つけたんだ」
 彼女は両親と私の顔を何か含みがあるようにじーっと見つめながら前置きした。舞台。つまり、コンクールや定期演奏会でのことらしい。
「へ、変な人?」
「不審者っぽい人。帽子とサングラスとマスクつけてて、すっごく怪しかったの」
 聞き返すと、弓彩はやんわり語気を強めてきた。即座に不安が湧き上がる。ナイフや拳銃を持っていたのではないか、と。
「弓彩、まさかその人に近づいてないわよね?」
 恐怖を覚えたのか、未弦が確認するように問いかけた。
「うん、近づいたよ」
 しかし、さも当然だというように弓彩は頷く。高2の私がいうのもなんだが、もう中2だというのになんて警戒心のない人だろうか。
「なんてことして――」
「それが楓音のパパだったの」
 未弦の咎めを遮るように弓彩は言った。驚きの言葉に仰天と安堵が混じる。
「慌ててマスクとサングラスをとって、不審者じゃないですって。でね、聞かせたい人がいるから録音してましたって」
「や、やめろー!黙ってろと言ったろ。父さんの黒歴史を暴露するなー!」
 弓彩が楽しそうに話している最中、いつの間にか帰ってきた父さんが、ドタバタと慌てふためきながら割り込んできた。顔は真っ赤になり、見るからに焦っている。