楓音の顔を見るたびに、どんな笑顔を見せてくれるのだろうと、俺の胸は期待で膨らんだ。彼女は今まで、きっと辛い思いをしてきたはずだ。それなのに、俺自身が楓音の心の痛みに加担していると思うと、胸が締めつけられる。
オヤジがあんな風になってしまったのも、俺の耳が聞こえないせいだ。もし二股がばれず、オヤジが俺を恨まなかったなら、あの事故も起きなかっただろう。生まれるはずだった弟や、楓音の大切な母親まで奪ってしまった。本当に、俺は情けない。
楓音を助ける前、俺は毎週のように病院を回り、彼女の母親がまだ生きていないかと探し続けていた。オヤジの罪を償うためには、楓音を救わなければならないと思っていたんだ。
そんな中、手紙書いてあった「高吹柚美」という名前と、未弦先輩から聞き出した楓音がかつて住んでいた場所が手がかりとなった。
そして、ようやく辿り着いたのは、静かな町の病院だった。
受付で「高吹柚美さんはいますか?」と尋ねると、受付の女性は小さく頷き、「知り合いですか?」と訊いてきた。俺は、つい嘘をついて「はい、知り合いです」と答えた。
病室で目にしたのは、静かに目を閉じた楓音の母親の姿。青白い腕には点滴が繋がれ、どこかで聞いたことがある「パンドラの箱」が開きかけているような感覚があった。その場に立ち尽くし、俺はただ「ごめんな」と囁いた。それが精一杯の謝罪だった。
それ以来、俺は毎週のように花屋でディアスシアの花を買い、病室の窓際に飾った。その花言葉は「私を許して」。楓音の母親が目を覚まさなくても、俺は祈るように花を贈り続けたんだ。
ある日、楽采が俺の後をつけてきた。彼は何も言わずに、一緒に病室に入った。何も訊かれなかったが、その無言の時間が俺にとっては救いだった。
俺は、楓音の笑顔を見たくて、ずっと彼女のために努力してきた。図書室に閉じこもったときも、無理に彼女の心に踏み込むことはせず、引き戸越しに優しい声をかけた。そして最後には、ピアノで彼女を引き寄せる作戦に出たんだ。
楓音の心の奥底には、きっと閉ざされたパンドラの箱がある。無理やりそれを開けてしまえば、彼女が救われるかもしれない。だが、同時に俺自身が音のない世界に戻ることを恐れていた。彼女の笑顔を見るために、それ以上の犠牲を払う覚悟ができなかったのだ。
そんな思いの中、楓音に突然肩を叩かれ、驚いた俺はいつものように自分を卑下する言い訳をしてしまった。
しかし、その言い訳が楓音の心に届いたのか、彼女は爆笑していた。その笑顔は、俺がこれまでに見たどんな景色よりも輝いていた。そのおかげで心は温かさで満たされた。
だが、その笑顔に依存するようになったのも事実だ。楓音の隣にいられることが、俺にとって唯一の救いだった。彼女の声が聞けなくなる恐怖は、日に日に大きくなっていったが、それでも彼女の隣にいたかった。
それでも、俺の存在が楓音の心のパンドラの箱を開けてしまったことは否定できない。助けたいと願ったのに、結局彼女を傷つけてしまった。俺は彼女を救うために、何度も「ごめんな」と謝り、彼女を強く抱きしめた。
それでも、楓音の隣で彼女の声をずっと聞いていたいという願いは消えなかった。彼女が笑ってくれるなら、それだけで俺は十分だったんだ。
この願いが、いつか彼女に届くと信じていた。だけど、その願いが届かなかった瞬間、音のない世界に再び閉じ込められたことが、何よりも恐ろしくて生きた心地がしなかった。
オヤジがあんな風になってしまったのも、俺の耳が聞こえないせいだ。もし二股がばれず、オヤジが俺を恨まなかったなら、あの事故も起きなかっただろう。生まれるはずだった弟や、楓音の大切な母親まで奪ってしまった。本当に、俺は情けない。
楓音を助ける前、俺は毎週のように病院を回り、彼女の母親がまだ生きていないかと探し続けていた。オヤジの罪を償うためには、楓音を救わなければならないと思っていたんだ。
そんな中、手紙書いてあった「高吹柚美」という名前と、未弦先輩から聞き出した楓音がかつて住んでいた場所が手がかりとなった。
そして、ようやく辿り着いたのは、静かな町の病院だった。
受付で「高吹柚美さんはいますか?」と尋ねると、受付の女性は小さく頷き、「知り合いですか?」と訊いてきた。俺は、つい嘘をついて「はい、知り合いです」と答えた。
病室で目にしたのは、静かに目を閉じた楓音の母親の姿。青白い腕には点滴が繋がれ、どこかで聞いたことがある「パンドラの箱」が開きかけているような感覚があった。その場に立ち尽くし、俺はただ「ごめんな」と囁いた。それが精一杯の謝罪だった。
それ以来、俺は毎週のように花屋でディアスシアの花を買い、病室の窓際に飾った。その花言葉は「私を許して」。楓音の母親が目を覚まさなくても、俺は祈るように花を贈り続けたんだ。
ある日、楽采が俺の後をつけてきた。彼は何も言わずに、一緒に病室に入った。何も訊かれなかったが、その無言の時間が俺にとっては救いだった。
俺は、楓音の笑顔を見たくて、ずっと彼女のために努力してきた。図書室に閉じこもったときも、無理に彼女の心に踏み込むことはせず、引き戸越しに優しい声をかけた。そして最後には、ピアノで彼女を引き寄せる作戦に出たんだ。
楓音の心の奥底には、きっと閉ざされたパンドラの箱がある。無理やりそれを開けてしまえば、彼女が救われるかもしれない。だが、同時に俺自身が音のない世界に戻ることを恐れていた。彼女の笑顔を見るために、それ以上の犠牲を払う覚悟ができなかったのだ。
そんな思いの中、楓音に突然肩を叩かれ、驚いた俺はいつものように自分を卑下する言い訳をしてしまった。
しかし、その言い訳が楓音の心に届いたのか、彼女は爆笑していた。その笑顔は、俺がこれまでに見たどんな景色よりも輝いていた。そのおかげで心は温かさで満たされた。
だが、その笑顔に依存するようになったのも事実だ。楓音の隣にいられることが、俺にとって唯一の救いだった。彼女の声が聞けなくなる恐怖は、日に日に大きくなっていったが、それでも彼女の隣にいたかった。
それでも、俺の存在が楓音の心のパンドラの箱を開けてしまったことは否定できない。助けたいと願ったのに、結局彼女を傷つけてしまった。俺は彼女を救うために、何度も「ごめんな」と謝り、彼女を強く抱きしめた。
それでも、楓音の隣で彼女の声をずっと聞いていたいという願いは消えなかった。彼女が笑ってくれるなら、それだけで俺は十分だったんだ。
この願いが、いつか彼女に届くと信じていた。だけど、その願いが届かなかった瞬間、音のない世界に再び閉じ込められたことが、何よりも恐ろしくて生きた心地がしなかった。