あれから教室に戻ったが、カンニングを疑われたことについて謝るクラスメイトもいなければ、授業をサボったことを心配してくれる人もいなかった。まるで私は透明な存在で、誰にも見られていないかのようだった。藤井先生も何も言わず、いつも通り淡々としている。すべてがただ通り過ぎていくような気がして、チャイムが鳴ると同時に私は教室を出た。
廊下を歩き出そうとした瞬間「かーのーん!」と背後から元気な声が聞こえ、肩をトントンと叩かれた。驚いて胸がギクッとなり、反射的に防音イヤーマフを両手で押さえる。過敏な耳にはその声がバイクの騒音のように響いて、心臓に悪い。
振り返ると、ポニーテールの髪が特徴的な、姉御肌の未弦が優しい笑みを浮かべて立っていた。彼女は私の唯一無二の友達であり、幼馴染だ。
未弦の家が近所だと知ったとき、私は未弦の3つ下の妹・弓彩のかわいさに惚れて、「もうひとりの姉になる」と宣言した。それからずっと、妹のように弓彩の世話をしてきたが、今ではほとんど言葉を交わさなくなっている。
「ごめん、聞いたよ。カンニング疑われたんだって?」
未弦は笑顔を崩さず、両手を顔の前で合わせて謝る様子も軽やかだ。悪びれているわけでもない。いつも通りの未弦だ。
「た、大したことないよ」
あの時の逃げ出したい気持ちを悟られないよう、作り笑いでごまかす。
「えー、ほんと?」
でも未弦は半信半疑で、焦げ茶色のビー玉のような瞳で私をじっと見つめてくる。その切れ長の眉が、彼女の真剣さを一層強調していた。
「ほんとほんと」
しかし、本音を打ち明ける勇気なんて持ち合わせておらずまたもや作り笑いで返した。それに対し彼女は何か言いたげな顔をしながらも、そっと目を伏せた。
「他の子と話さなくていいの?」
未弦なりに私を気にかけてくれているのは分かる。でも、これ以上話したくない私は、彼女に退散を促した。未弦は成績優秀で、クラスでも人気者。彼女と話したいと思っている人は大勢いるはずだ。バカで一匹狼の私とは正反対。隣にいるだけで気まずくなる。
「いいのいいの。充分話はしたし。それより部活に行かなきゃ。またね」
未弦は空気を察したのか「バイバイ」と手を振りながら、階段を上がっていった。彼女が向かうのは最上階の音楽室。未弦は吹奏楽部に所属していて、妹の弓彩と一緒にバイオリンの練習をしているらしい。
弓彩は近くの中学校に通っていて、短気だけれど甘えん坊。姉の未弦が大好きで、学校が終わるとすぐにここに駆けつけ、一緒にバイオリンを弾きたいとせがむ。そのしつこさに、吹奏楽部の顧問である藤井先生も頭を抱えながらも、最終的に許可したという。二人は定期演奏会だけ一緒に舞台に立つ約束をしている。
幼いころからずっと、姉妹でオーケストラに立ちたいと夢見ていた彼女たちは、まさに太陽のように明るく輝いている。やりたいことをやって、堂々と前に進んでいる。
一方で、私はその対極にある月のような存在。根暗で、やりたいこともなく、誰のスポットライトにも値しない。これまでも、そしてこれからも、ずっとそうなのだろう。
廊下を歩き出そうとした瞬間「かーのーん!」と背後から元気な声が聞こえ、肩をトントンと叩かれた。驚いて胸がギクッとなり、反射的に防音イヤーマフを両手で押さえる。過敏な耳にはその声がバイクの騒音のように響いて、心臓に悪い。
振り返ると、ポニーテールの髪が特徴的な、姉御肌の未弦が優しい笑みを浮かべて立っていた。彼女は私の唯一無二の友達であり、幼馴染だ。
未弦の家が近所だと知ったとき、私は未弦の3つ下の妹・弓彩のかわいさに惚れて、「もうひとりの姉になる」と宣言した。それからずっと、妹のように弓彩の世話をしてきたが、今ではほとんど言葉を交わさなくなっている。
「ごめん、聞いたよ。カンニング疑われたんだって?」
未弦は笑顔を崩さず、両手を顔の前で合わせて謝る様子も軽やかだ。悪びれているわけでもない。いつも通りの未弦だ。
「た、大したことないよ」
あの時の逃げ出したい気持ちを悟られないよう、作り笑いでごまかす。
「えー、ほんと?」
でも未弦は半信半疑で、焦げ茶色のビー玉のような瞳で私をじっと見つめてくる。その切れ長の眉が、彼女の真剣さを一層強調していた。
「ほんとほんと」
しかし、本音を打ち明ける勇気なんて持ち合わせておらずまたもや作り笑いで返した。それに対し彼女は何か言いたげな顔をしながらも、そっと目を伏せた。
「他の子と話さなくていいの?」
未弦なりに私を気にかけてくれているのは分かる。でも、これ以上話したくない私は、彼女に退散を促した。未弦は成績優秀で、クラスでも人気者。彼女と話したいと思っている人は大勢いるはずだ。バカで一匹狼の私とは正反対。隣にいるだけで気まずくなる。
「いいのいいの。充分話はしたし。それより部活に行かなきゃ。またね」
未弦は空気を察したのか「バイバイ」と手を振りながら、階段を上がっていった。彼女が向かうのは最上階の音楽室。未弦は吹奏楽部に所属していて、妹の弓彩と一緒にバイオリンの練習をしているらしい。
弓彩は近くの中学校に通っていて、短気だけれど甘えん坊。姉の未弦が大好きで、学校が終わるとすぐにここに駆けつけ、一緒にバイオリンを弾きたいとせがむ。そのしつこさに、吹奏楽部の顧問である藤井先生も頭を抱えながらも、最終的に許可したという。二人は定期演奏会だけ一緒に舞台に立つ約束をしている。
幼いころからずっと、姉妹でオーケストラに立ちたいと夢見ていた彼女たちは、まさに太陽のように明るく輝いている。やりたいことをやって、堂々と前に進んでいる。
一方で、私はその対極にある月のような存在。根暗で、やりたいこともなく、誰のスポットライトにも値しない。これまでも、そしてこれからも、ずっとそうなのだろう。