「ヘッドフォンをつけた子」――それが、クラスメイトたちが楓音を指すときの常套句だった。
 しかし、彼女が実際につけているのは防音イヤーマフであり、その違いを覚えている者はほとんどいなかった。孤立したその姿が彼女をいじめの標的にした。1年生の時から、何度もカンニングを疑われ、からかわれることもあったらしい。
 その話を聞いたとき、俺は楓音と自分が重なるのを感じた。俺も補聴器をイヤホンだと勘違いされ、何度も誤解を受けた経験があるからだ。飲食店で店員に注意されたこともあれば、自転車に乗っていると警察官に引き止められたこともあった。さらには、カンニングを疑われたことさえある。だが、どの時も楽采が「やめろ」と庇ってくれた。彼は手話を交えながら、周囲に丁寧に状況を説明してくれたのだ。
 楓音が自分の意思を表に出さない「仲間」であることが、俺には理解できた。彼女がなぜ反論しないのか、その理由が少しずつ見えてきた。そして、俺は彼女に近づく機会を待っていた。
 高校最初のテストが終わった日の昼休み、俺はまた楓音がカンニングを疑われていないか心配で、彼女の教室の前まで足を運んだ。窓越しに見た教室の中では、クラスメイトたちが楓音に話しかけており、彼女が孤立している様子はなかった。しかし、彼女の表情はどこか曇っているように見えた。遠すぎて話の内容は聞き取れなかったが、彼女が心から笑っているようには見えなかった。
 その時、未弦先輩に声をかけられ、驚いて振り返った。彼女に不審な行動を見られたかと焦ったが、未弦先輩は俺の視線の先に気づくと、口の動きだけで「楓音を守れ」と伝えてくれた。そして、彼女は俺の背中を軽く押し、教室の前まで送り出した。
 俺は少し戸惑いながらも、ついに楓音に声をかける機会を得た。もちろん、これまでの行動がストーカーのように思われては困るので、偶然そこにいたふりをした。加えて名前をわざと知らないふりをして切り出した。
 自分が「人殺しの息子」であることを隠すために、名字が異なることを利用し、楽采についてもただの親友だと偽った。楓音が父親の顔を覚えていないことに安堵しつつも、嘘をついている罪悪感は拭えなかった。しかし、それ以上に、楓音の声を近くで聞けたことが嬉しかった。
 彼女の声は俺の心に深く響き、まるで長い間待ち続けていた何かが満たされたような感覚に囚われた。そして、彼女が偶然俺の方に倒れ込んだ時、反射的に彼女を抱きかかえてしまった。その瞬間、俺は彼女を守らなければならないという強い使命感を感じた。
 その後も、俺は彼女に対して何度も「守る」という思いが募り続けた。彼女が無意識に俺に頼る姿を見て、ますますその気持ちは強くなっていった。ハシゴから彼女が落ちそうになった瞬間も、反射的に抱きかかえた。楓音の体が触れた瞬間、全身に緊張が走ったが、彼女を守りたいという一心でそれを振り払った。
 そして、屋上に二重の虹が架かった時、俺は神様に、そして亡くなった十唱に祈った。俺はすでに十分な幸運を得た。このひとときを、存分に味わわせてください。楓音を守り抜いた後、どうか俺の命を取ってください、と。