「それでも、恨まないよ。佐竹は佐竹、奏翔は奏翔でしょ?それに、普通に生きているなら、偏見や差別に苦しむこともないはずだよ。でも、心の奥にある深い葛藤――いや、それ以上のものがあるんだと思う。私は、その痛みに寄り添いたいの」
 奏翔の隣に座り、私は泉平くんと一緒に作った曲の楽譜を手渡した。 【あと何回、って泣き暮れる君の隣で生きたい。】  これがその曲のタイトルだ。  この3年間、何度「消えたい」と思ったかわからない。特に、一睡もできない日々が続いた時期はつらかった。  でも、奏翔はそれ以上に長い間「死にたい」と感じていたんじゃないか。人殺しの息子という立場で苦しみ、さらに何かに悩んでいたように思う。だからこそ、この曲のタイトル以外には考えられなかった。これが私の本音だから。
「おお、すげぇな。楽譜を見る限り、クラシックっぽいのは分かる。でも……楓音、正気で言ってんのか?」
 楽譜を見つめた後、奏翔は私を見て問いかけてきた。真剣な眼差しの中に、どこか挑発的な威圧感を感じる。しかし、それに臆することなく、私は首を縦に振った。
「そっか。わかった。」
 奏翔は楽譜を持ったままベンチから立ち上がりながら言った。それから私の前に立ち、手を差し出してくる。
「今からこの曲を一緒に弾いてもらえないか?その後、必ず話すから。」
 優しい口調で誓うように奏翔は言ってくれた。ようやく話す気になってくれたことに安堵しながら、私は首を縦に振り、彼の手に自分の手を重ねた。すると、奏翔が私の手をゆっくりと引いてくれる。そのまま、狭い椅子に2人並んで腰を掛けた。
 この状況は以前にもあった。お試しで付き合い始めて2日目、彼のピアノの音に心を動かされ、泣きながら図書室から出てきたあの時。彼の隣で、カノンの左手をなんとか弾けた時、奏翔が右手を合わせてくれた。その時の自信のなさを、今の奏翔が抱えているように見えた。彼の手が震えていたからだ。