秘密がばれたくなくて聴覚過敏のことで負担や気を遣わせないように避けていただけなのに。それを後悔する日がくるなんて。
「違うよ……」
 涙が滲みでて、奏翔の手の上にその雫がぽとりと落ちる。そのことに奏翔は私の手の上から優しく握るようにした。
 奏翔の顔を見ると大丈夫って言ってくれてるみたいにコクリと頷いてくれる。
 なんて優しい人なのだろう。
 こんな時なのに好きっていう気持ちが風船のように膨らんでしまいそう。
 最低な私が誰かを好きになってもいいわけないのに。
「そんなわけないじゃん……」
 それでもなお、未弦は信じてくれない。
「だって楓音に1番関わってるのはうちじゃん……楓音の友達は幼馴染のうちだけじゃん。だから……うちが悪いんだよ」
 未弦は俯き涙をこらえるように歯を食いしばっている。その背中を隣に座っていた未弦の母さんが優しく撫でるように擦った。 
「楓音にいくら避けられても、バイオリンは好きな気持ちは変わらなくて……その音色がうちを落ち着かせてくれた。拍手してくれる誰かがいて、笑顔を見せてくれる誰かがいて、隣で笑って一緒に弾いてくれる弓彩がいて、それが嬉しくて……オーケストラも夢だけどさ、それよりこの音でも声でもいい。いつか、楓音の心に届いたらいいなってそう思いながら弾いてた。声かけてた。なのに……」
 未弦は声が途切れながらも嗚咽混じりに訴えてきた。まさか私のためにバイオリンを弾いてくれているとは思いもしていなかった。
 力強く、それでいて優しく繊細に演奏しようとしていた未弦。その隣では、弓彩が未弦の音色を引き立てるように、そっと優しくバイオリンを弾いていた。それは私のためだったんだ。
 私は深い感動に包まれ、拍手を送り続けるうちに手が痛くなるほど、ふたりを心から応援していた。それを誰かに話そうとか、私も楽器を弾いてみようなんて思いもしなかった。ふたりの演奏はあまりにもレベルが高く、今でも自分には到底無理だと感じている。
 だから、幼馴染であっても、ただの観客としてその場にいるしかなかった。