奏翔からの返信が届いたのは、翌日の昼休みのチャイムが鳴った瞬間だった。内容はただのメッセージではなく、音声付きのメッセージボイスだった。今か今かと不安に駆られ、本に手を伸ばすこともなく、彼にブロックされていないかと心配しながら待っていた私は、早鐘を打つ心臓を落ち着かせようとしつつ、再生ボタンを押した。
《ありがとう。気にかけてくれて。でも大丈夫。大したことじゃないよ。ただ、俺は本来楓音の隣にいてはならない人間だった。それだけのこと。楓音が悪いわけじゃないから、自分を責めないでね。離れていても、俺はいつだって楓音の味方だし、楓音が笑って幸せに生きていけることを、何よりも願ってるから。じゃあ、またな》
 優しく落ち着いた口調で、何度も耳にしたことがあるものだった。いつもと何も変わらない。それなのに、あの朝の挨拶で彼が見せたショックを受けたような様子が、まるでどこかへ消え去ってしまったかのようだ。彼の柔らかな声が、何事もなかったかのように思わせる。
「またかよ」
 ふいに後ろからため息混じりの声が聞こえた。振り返ると、そこには泉平くんが立っていた。いつの間にか入ってきたらしい。奏翔の声に集中していたせいか、引き戸の音が聞こえた記憶はなかった。彼は相変わらず無表情だが、どこか呆れたような口調であった。
「仕方ないな。僕の親友の正体を教えてやるよ」
 泉平くんはまたため息をつき、私の座っている席の隣に腰を下ろした。
「ひとことで言えば、あいつは人殺しの息子だ」
 その言葉に思わず「え?」と声が漏れた。優しくて少し強引な奏翔の親が人殺しだなんて、想像もつかない話だった。
「3年前に起きた事故、覚えてるか?飲酒運転で妊婦を轢いて、その子供を奪った事件だよ。その犯人、佐竹暁則は奏翔の父親だ。名字が違うのは、母親の旧姓を使ってるからだ。だから世間には知られずに済んでる。でも、奏翔自身は父親の罪から逃れられない。楓音さんとの関係も、父親の償いみたいなもんさ」
 泉平くんは淡々と話した。その内容は突拍子もなく、私の頭は追いつかなかった。佐竹暁則に息子がいたなんて初耳だし、それが本当かどうかも疑わしい。母の名前は報道では非公開だったし、関係者でなければ私たち家族を特定するのは難しいはずだ。それに、父親の償いのために私に近づいたとしても、呼び捨てを強要したり、キャラ弁を作ってきたりするなんて、辻褄が合わない。
「そんなこと、あるわけない……」
 震える声で呟いた私に、泉平くんは間髪入れずに「本当だ」と言った。その反応に、身の毛がよだつ思いがした。
 事故当時、佐竹が口にした言葉が蘇る。「ちょうど人を殺したかった」とか「その手助けをあんたがしてくれたから黙っててやる」とか、意味不明な言葉を口走っていたあの人物。顔や声は覚えていないが、恐怖を感じた記憶は鮮明に残っている。それでも、奏翔にはそんな恐怖は感じなかった。彼はむしろ優しかった。だからこそ、信じられなかったのだ。