だから、こうして他人と面と向かって話すのも久しぶりで、どう振る舞えばいいのかさえわからない。名前を呼ぶだけのことが、こんなにも難しいなんて。 
「いや、呼び捨て以外は受け付けない。俺も楓音って呼ぶから」
 押し切るように彼は口にした。
 強引だなと思いつつも、彼の意志は固いようだ。名字はおろか、くん付けで呼ぶことも許してくれないなんて、少しわがままなのかもしれない。それでもその主張にどこか意地のようなものを感じ、渋々頷いた。
「それより、どうして私の自己紹介を知ってるの?」
 それから、名前を呼ぶのを避けるように話題を逸らした。クラスはおろか、学年も違うはずなのに、彼が知っているはずがない。まさか風の噂で聞いたとか?思考を巡らせながらも、反応を窺う。
「その時、担任に校内を案内してもらっていて、廊下まで聞こえてきたんだ」
 奏翔は揺るぎのない瞳でそう言った。言われてみれば、当時は廊下から足音が聞こえていたような気もするが、はっきりとは思い出せない。自己紹介に必死すぎて、細部まで覚えていないのだ。それでも、その理由には納得できた。
「あのさ」
「……」
「俺と一週間、付き合ってくんない?いや、むしろ付き合え」
 奏翔は一瞬、顎にこぶしを当てて考える素振りも見せず、まるで当然のことのように堂々と命令してきた。そのあまりにも唐突な申し出に、私は思わず言葉を失った。
 ……もしかして、あら手のいじめ!?
 耳が聞こえすぎることを藤井に相談したとき「それは甘えよ」と一蹴されたのが最初だった。