「あと、話変わるけど、フルートのこと、リコーダーと同じだと思ってない?」
 スマホの画面に目を落としていた私に、未弦が不意打ちを食らわせた。その鋭い指摘に、思わずスマホが手から滑り落ちそうになる。何とか持ち直したが、私の考えがまるで見透かされているようで驚いた。
「楓音ってほんとバカだし、フルート吹いたことない人はだいたいそう思うんだよね。うちも中学の時に一度フルート担当したことがあるけど、連符の最後で決まった!って思った瞬間、息を調整し損ねて酸欠になったことがあるよ。冬なんか特に温度差で口元がびしょびしょになるし。楽譜も情報量がすごくて、読むだけで圧倒されるんだよね」
 未弦はそう言いながら、一枚の楽譜を差し出してきた。何の曲かは分からないが、音符は高音域が多く、加線も何本も重なっていて、まるで暗号のように見える。
 カノンのピアノの楽譜を見たことはあるけど、それとは全く違う難しさを感じた。連符がずらりと並んだ楽譜に目がくらみ、頭がぼんやりしてきた。
「え、こんなに……」 「そう、主旋律を吹くことが多いからね。でも、音が出るまでに早ければ1時間もかからないし、オブリガートの時は音が綺麗で、ついついグリッサンドを張り切っちゃうんだよね。メロディーより楽しくて、テンション上がるんだ」  
 未弦はフルートを吹くジェスチャーをしながら話し続けた。「オブリガートにグリッサンド?」と反射的に聞き返すと、「決まった音の流れを滑らかに演奏するやつだよ」と軽く説明された。改めて自分の音楽に対する疎さを思い知らされる。
「ちなみに、フルートより短いピッコロを吹いてた人が隣にいたんだけど、音が高すぎて右耳難聴になりそうだったよ。しかも、その人、練習中は暇そうにしてたから、存在感がなさすぎてよく忘れられてたんだって。だから、ピッコロはあんまりおすすめしないかな。フルートは肩がこるけど、ピッコロの方が小さくて楽そうに見えるんだよね。でも、実際はそうでもないかも」  
 そう言いながら、未弦はスマホでピッコロの画像を見せてきた。フルートより半分ほどの大きさで、小さすぎて床に置いてあったら踏んでしまいそうだ。
「あと、藤井先生から朗報があるんだけど」  
 突然、未弦の顔がぱっと明るくなり、笑顔で言った。
「楓音のお母さん、今朝早くに目を覚ましたんだって! 少しずつ話せるようになってきたらしいよ。放課後、一緒に見舞いに行こうって、お父さんから連絡があったよ。弓彩にももう伝えておいたから」  
 未弦は嬉しそうに笑顔を見せ、図書室を出て行った。気づけば、昼休みも残りわずかだった。母さんが目を覚ましたなんて、昨日見舞いに行ったばかりなのに信じられず、時が急に早く進んだように感じた。そのことに長く続いていた不安が少し和らぎ、放課後が待ち遠しくなった。