3コール目で、かすかな物音が聞こえた瞬間、即座にスピーカーボタンを押した。聴覚過敏の私にとって、スマホを耳に当てて直接電話をするのは、耐え難い苦痛だ。それは、音が骨に響いて、全身に重圧を与えるような感覚があるから。だからこそ、防音イヤーマフをつけたままスピーカーにして、スマホを少し離して話す方が、ずっと楽で心地よい。
「もっ、もしもし奏翔?」
 いざ電話をするとなるととてつもなく緊張し全身が心臓にでもなったかのようにビクリとなる。
《……か、楓音!?》
 すごく慌てているのか電話越しに物音が連続しながらも奏翔の叫び声が聞こえる。私は思わず「だ、大丈夫?」と聞き返していた。
《びっくりしすぎてベッドから落ちただけ。大丈夫だから安心して。昨日あんなにデートいやがってたのにまさか朝から電話かけてくるとは思わなくて……あっ、おはよう!》
 奏翔は仰天と緊張をしているのか。カタコトな口調で挨拶してきた。そのことに不覚にもクスリと笑いがこぼれた。声も明るいしどうやら元気そうだ。
 奏翔と挨拶を交わすのはこれが初めてだ。加えて恋人でよくあるモーニングコールではないのかと今更ながらに気づき、恥ずかしさが一気に込み上げてくる。頬がぽっと赤くなり顔を両手で覆った。それからこの顔が奏翔に見えていなくてよかったと安堵のため息をつく。
「……お、おはよう」
《おはよう、急にどうした?》
 クスリと嬉しそうな笑い声混じりに奏翔は問いかけてくる。
「か、風邪ひいたかなと思って」
《あー、俺は大丈夫だよ!》
 奏翔は平気平気!とまくしたてるように言ってくる。
《それより未弦先輩とその家族に話すんだろ?》
「あ、うん……」
 頷くけれど、嫌われるのが怖いのか口ごもってしまう。勇気を出して話さなければいけないのに、どうしても言葉が出てこない。このままだと誰にも本当の自分を分かってもらえない。それが分かっていても、怖くてたまらなかった。