「ひどい言われようね」
その日の昼休み、図書室で昼食をとっていると、未弦が「浮かない顔してるね」と話しかけてきた。事情を説明すると、彼女は怒ったように口を尖らせた。
奏翔はすでに図書室を出ており、何事もなかったかのように前を向いていたが、私の顔を見ることなく目の前を通り過ぎていった。まるで私が幽霊にでもなったかのように、彼には私の存在すら見えていない気がした。その瞬間、胸の奥に冷たい感覚が広がり、再び拒絶されたような痛みがじわじわと押し寄せてきた。心が、今にも壊れてしまいそうだった。
「泉平くんってさ、感情表現は苦手だけど、本音はズバズバ言うんだ。まあ、無理に表情読まなくていい分、助かるところもあるけど。うちや弓彩に対しても、テンポが合わないとかよく睨んでくるくせに、譜久原くんや三羽部長にはなんか甘いし、壁があるっていうか……孤立してるのも、あの性格のせいだと思う。信じられる人以外は全員敵!って感じ」
未弦は頭を抱えて「もう!」と怒りを爆発させている。彼女はそれにまかせて弁当をまるで飲み物かのようにかきこんでいた。その様子を握り飯を手に持ちながら呆然と見つめた。
今日は朝早かったせいで、父さんの手抜き弁当は握り飯が2つだけ。いつもより物足りない気がするが、今は食べ物が喉を通りそうにない。何も食べなくてもいいくらいだ。
「うちの大事な楓音を傷つけるとか、許せない!次会ったらビンタしといてやる」
弁当をあっという間に片付けた未弦は、蓋を閉めながら言った。彼女の言葉には冗談のような軽さがあるが、そこには確かに私を守ろうとする意志が感じられた。けれど、昨日から未弦の特別扱いに少し戸惑いを覚えていた。私のことになると、彼女は少し過剰に反応してしまうのだ。
「でも、泉平くんが言ってることはいつも正論だし、そう言いたくなる気持ちも、わからなくはないかな」
未弦はふっと息を吐いて、落ち着きを取り戻したように言った。急な手のひら返しに「へ?」と声が上擦る。 「昨日、譜久原くんを睨んだけど、正直、彼だからこそ楓音のパンドラの箱を開けられたんだと思う。弓彩も譜久原くんのことを叩いてたけど、家に着いたころには納得してたし、文句も言わなかったよ」
未弦は視線を遠くに向け、ため息をついた。彼女の言葉が心にじわじわと染み込んでくる。
「今の楓音は、昨日までのうちと同じだよ。幼馴染なのに、楓音のことを知っているつもりで、実は全然知らなかった。1番の後悔は、弓彩が家出するまで、楓音とちゃんと向き合おうとしなかったことかな。譜久原くんが代弁してくれたから、分かると思うけど、楓音を傷つけてしまうかもしれないって怖くて……そう考えると、うちって意気地なしだよね」
彼女の口調は少しだけ沈んでいた。長年の友情に対する後悔が滲み出ているのがわかった。未弦はそれ以上は語らず、クリアファイルを取り出して楽譜を見始めた。彼女が本当に忙しそうなのが伝わってきて、これ以上は触れないほうが良いと思った。
「それに、楓音もおばあちゃんが自殺するまで、おばあちゃんの中にある苦しみに気づけなかったんだから、譜久原くんの中にもきっと何らかの苦しみがあるんだよ。うちからはこれ以上何も言えないけどさ、間違えてでも、何かメッセージを送ってみたら? 譜久原くんは優しいから、もう関わらない方がいいとか言ってても、ブロックまではしないと思うし」
未弦の言葉に、私は無意識に握り飯をカバンにしまい、スマホを取り出した。奏翔とのトーク画面を開くと、案の定【悪い。ひとりにしてくれないか。早く教室へ行ってくれ】というメッセージで止まっていた。あれから何も返していないため、ブロックされているのかどうかも分からない。けれど、未弦の言う通り、彼が何らかの苦しみを抱えているのだとしたら、どう言葉をかければ良いのか全くわからなかった。「なにかってなんだよ」と内心で思わず突っ込んでしまった。
その日の昼休み、図書室で昼食をとっていると、未弦が「浮かない顔してるね」と話しかけてきた。事情を説明すると、彼女は怒ったように口を尖らせた。
奏翔はすでに図書室を出ており、何事もなかったかのように前を向いていたが、私の顔を見ることなく目の前を通り過ぎていった。まるで私が幽霊にでもなったかのように、彼には私の存在すら見えていない気がした。その瞬間、胸の奥に冷たい感覚が広がり、再び拒絶されたような痛みがじわじわと押し寄せてきた。心が、今にも壊れてしまいそうだった。
「泉平くんってさ、感情表現は苦手だけど、本音はズバズバ言うんだ。まあ、無理に表情読まなくていい分、助かるところもあるけど。うちや弓彩に対しても、テンポが合わないとかよく睨んでくるくせに、譜久原くんや三羽部長にはなんか甘いし、壁があるっていうか……孤立してるのも、あの性格のせいだと思う。信じられる人以外は全員敵!って感じ」
未弦は頭を抱えて「もう!」と怒りを爆発させている。彼女はそれにまかせて弁当をまるで飲み物かのようにかきこんでいた。その様子を握り飯を手に持ちながら呆然と見つめた。
今日は朝早かったせいで、父さんの手抜き弁当は握り飯が2つだけ。いつもより物足りない気がするが、今は食べ物が喉を通りそうにない。何も食べなくてもいいくらいだ。
「うちの大事な楓音を傷つけるとか、許せない!次会ったらビンタしといてやる」
弁当をあっという間に片付けた未弦は、蓋を閉めながら言った。彼女の言葉には冗談のような軽さがあるが、そこには確かに私を守ろうとする意志が感じられた。けれど、昨日から未弦の特別扱いに少し戸惑いを覚えていた。私のことになると、彼女は少し過剰に反応してしまうのだ。
「でも、泉平くんが言ってることはいつも正論だし、そう言いたくなる気持ちも、わからなくはないかな」
未弦はふっと息を吐いて、落ち着きを取り戻したように言った。急な手のひら返しに「へ?」と声が上擦る。 「昨日、譜久原くんを睨んだけど、正直、彼だからこそ楓音のパンドラの箱を開けられたんだと思う。弓彩も譜久原くんのことを叩いてたけど、家に着いたころには納得してたし、文句も言わなかったよ」
未弦は視線を遠くに向け、ため息をついた。彼女の言葉が心にじわじわと染み込んでくる。
「今の楓音は、昨日までのうちと同じだよ。幼馴染なのに、楓音のことを知っているつもりで、実は全然知らなかった。1番の後悔は、弓彩が家出するまで、楓音とちゃんと向き合おうとしなかったことかな。譜久原くんが代弁してくれたから、分かると思うけど、楓音を傷つけてしまうかもしれないって怖くて……そう考えると、うちって意気地なしだよね」
彼女の口調は少しだけ沈んでいた。長年の友情に対する後悔が滲み出ているのがわかった。未弦はそれ以上は語らず、クリアファイルを取り出して楽譜を見始めた。彼女が本当に忙しそうなのが伝わってきて、これ以上は触れないほうが良いと思った。
「それに、楓音もおばあちゃんが自殺するまで、おばあちゃんの中にある苦しみに気づけなかったんだから、譜久原くんの中にもきっと何らかの苦しみがあるんだよ。うちからはこれ以上何も言えないけどさ、間違えてでも、何かメッセージを送ってみたら? 譜久原くんは優しいから、もう関わらない方がいいとか言ってても、ブロックまではしないと思うし」
未弦の言葉に、私は無意識に握り飯をカバンにしまい、スマホを取り出した。奏翔とのトーク画面を開くと、案の定【悪い。ひとりにしてくれないか。早く教室へ行ってくれ】というメッセージで止まっていた。あれから何も返していないため、ブロックされているのかどうかも分からない。けれど、未弦の言う通り、彼が何らかの苦しみを抱えているのだとしたら、どう言葉をかければ良いのか全くわからなかった。「なにかってなんだよ」と内心で思わず突っ込んでしまった。