またしても勉強に追われ、一睡もすることができなかった。奏翔とは話したものの、父さんとは話をするタイミングすら合わず、モヤモヤとした感情がぐるぐると渦を巻いた。
 奏翔とは昨日、なぜか私のバッグに入れっぱなしにしてあった折りたたみ傘で相合傘をしながら帰った。笑い合いながら好きな食べ物などを教え合った。奏翔は鶏の唐揚げ。私は味の濃い、だし巻き卵。
 私が本当にやりたいこと。それはまだわからない。けれど今なら植物状態となった母さんと向き合える気がする。たとえ、医者や看護師、介護婦にならなくても。ならばきっと、私が特進クラスに無理にでもすがる必要はない。父さんを説得してちゃんと前を向いて生きていこう、この世界を。
 渋い紫色のカーテンを開けると、雲ひとつないすっきりとした快晴が私を華やかに祝福してくれた。
 それを見ながらふと小指で目尻に触れてみた。冷たい涙の感触がする。私はこの4年、毎日のように泣き暮れている気がする。だからこの仕草は習慣のようなものだ。
 それから私はふとスマホの電源をつけた。サクサクと操作し、奏翔とのやり取りを見直す。おとといの【デート行こう】【いやだ】の繰り返しのような言い合いですっかりキーボードの使い方には慣れてしまった。今もう1回見返してみると、バカすぎてとても笑いがこぼれてしまう。
 そう吹き出していると、昨日のデートを思い出す。傍から見たら全然デートっぽくなかったけれど、濃密で忘れられない1日。
 誰にも見つけられなさそうな遊具の中でうずくまっていた私を見つけてくれたのは奏翔だった。その時奏翔は体中びしょ濡れだった。私を探していたせいで風邪をひいてないか無性にはらはらする。
 その気持ちは一向に収まらなくて気づけば通話ボタンを押していた。
「わっ、わあああ!」
 自分でそうしたことに気が動転し声が上擦る。慌ててスマホを持つ手が震え、でもかけてしまったからには後戻りはできないと待つことにした。