植物状態の母さんのことも「遠くへいった」と嘘をついて隠し通してきた。未弦の家族にも同じことを伝えている。それに対し、何も聞いてこないがおそらく母さんは既に亡くなったと勘違いしているであろう。
「でも……」
 もしそれを話してしまったら、私は未弦にも、未弦の家族にも嫌われてしまうだろう。
 聴覚過敏のことで、少なからず負担や迷惑をかけてしまっている自覚があるから、彼らには気を遣わないでほしい。むしろ、嫌われることで距離を置いてくれた方が楽になるとさえ思っている。それはもちろん、奏翔にも。
「今のままじゃずっとつらいまんまだぞ。俺は楓音のつらい顔とか見たくないし、楓音には笑っていてほしいんだ」
 奏翔は柔らかい笑顔を見せながら真剣な口調で言った。
 確かにそうだ。父さんに普通クラスに移ることも許されないし、未弦とも未弦との家族とも気まずい関係になっている。そして私の過労癖が治らない限り、このバグった聴覚も治らない。
「わかった。話してみるよ」
 たとえ嫌われるとしても。それでも。
 私が頷くと、奏翔はなぜかとても泣きそうな顔をしながらも頷き、私の唇にキスをした。儚いものに触れるように、そっと。
 彼はどこまでも必死でそれでいて、優しい。
 こんな私なんかと一緒に笑ったり泣いたりしてくれている。
 私を真正面から見てくれて、話を聞いてくれて。
 私はそんな奏翔を好きになってもいいですか。
 不安でたまらなくて私はその言葉を口にできずにいた。