「……言えるじゃん。言えたじゃん。俺、ちゃんと聴いたよ」
 奏翔は嗚咽混じりに私の体を引き寄せ、背中をトントンと優しくたたいてくれた。
 そのまま彼は嗚咽混じらせながらも私の体に抱きついてきた。痛いほどにきつく。そのせいか、ワイシャツの冷たさが突き刺さるように伝わってきた。
「よく頑張ったな。辛かったな」
 とても優しい口調で、それでいて真剣そのものだった。 
 既に涙は滲んでいたはずなのに、まだぽたりと溢れ出し、それが頬を伝う。その感覚を自覚した瞬間、さらに次々と涙がこぼれ落ちていく。
「――うわぁ……!」   
 そして堪えきれなくなり、喉から声が飛び出す。
 泣きつく私に奏翔はただ背中を優しく擦ってくれた。
 魔法がかけられたかのような錯覚に陥り、涙腺が一気に崩壊する。そのまま奏翔の胸にすがりながら小さな子どもように声を上げて泣いた。
「あ、ごめん。冷たかったよな」
 しばらくして、奏翔ははっと我に返ったように私の体を離してくれた。それから私の頭を撫でてまた口を開く。
「実はさ、最初飲食店に行こうとしてたんじゃないんだ」
「へ?」
「見晴らしのいい近くの丘に行って弁当を食べるつもりだった」 
 彼は昼ご飯にしては遅くなっちゃったけど食べる?と重ねる。それから黒いハンドバッグの中からそれを取り出し開けた。
 奏翔は確かに行く方向を指で指しただけで、一言も「飲食店」とは言ってなかった。
 違ったんだ。おまわりさんに止められることがなかったら今頃、私達は丘にいたんだ。彼にかける負担もなかったんだ。でもこうなって逆によかったのかもしれない。
「これ……手作り?」
「うん、そうだけど」