父さんは肩を落とし、諦めたようにため息をつきながら静かに話し始めた。 
「仕方ないな……母さんのことだよ。母さんも、父さんも未弦たちの演奏が大好きだったんだ。特に母さんはバイオリンの講師だったから、教え子たちの演奏を聴けば目を覚ますかもしれないと思っていた。それで、毎回変装してコンクールや演奏会にこっそり行って録音しては母さんに聞かせていた。それに……父さんの夢は、いつか楓音の演奏を舞台の観客席から聴くことだったんだよ」
 その突然の告白に、部屋はしんと静まり返った。誰もが言葉を失い、ただ父さんだけが真剣な目で話していた。それが嘘ではないように感じられた。
 母さんが事故に遭う前、父さんは未弦や弓彩を褒めてばかりで、私はほとんど無視されていた。それから母さんが事故に遭ってからは、私を罵倒するようになった。あの時の父さんの言葉が頭をよぎる。
『自分がやったことの後始末は最後まで自分でやれ。何年かかっても、どんなに苦労してもな。父さんは悪くない。悪いのはお前だけだ。お前がどうにかしろ』
 その言葉を思い出し、私はあの時、母さんが目を覚まさないことと佐竹に関わってしまったことへの苛立ちから、父さんは怒っていたのだと思っていた。でも、今の父さんは不審者のように変装してまで行動していたなんて…。
 確かに、コンクールや定期演奏会の度、父さんは毎回のように未弦や弓彩と一緒に記念写真を撮りたがり、私や母さんを巻き込んで楽しんでいた。その場で私はいつも気まずさを感じていたけれど、父さんが未弦と弓彩の演奏を本当に愛しているのは感じていた。
「でもな、母さんの笑顔を見るたびに幸せを感じていた反面、もし母さんに何かあったら許さないと思ってた。楓音が母さんの肩を押したせいで、父さんが望んでいた男の子、十唱が亡くなった。それで、父さんは飲酒運転のドライバーと話をつけて、楓音の行動を隠すために、進学校の特進クラスに進ませて、将来は医者や看護師になることを条件に出したんだ。母さんを目覚めさせて、その世話や介護も楓音にさせるつもりだった。それで楓音の音楽の夢を諦めさせたんだ」
 父さんは淡々と話を続ける。