「俺が楓音と付き合いたいだけなんだ。とりあえず、弁当まだだから、俺取ってくる。楓音はここで待っててくれ」
逡巡している私を強引に言いくるめると、奏翔は何事もなかったかのようにさっき来た道を引き返していった。
その背中を呆然と見送っていると、突然気づいた。弁当を一緒に食べることになってしまった、と。
どうしよう。誰かと弁当を食べるなんて未弦以外では初めてだし、しかもふたりきり、誰も来ない場所でなんて……。想像するだけで心臓が激しく動き、今にも爆発しそうだった。慌てて視線を右に移すと、古びた引き戸が目に入った。黄土色、深緑、漆黒、藍色……色とりどりのサビが長い歴史を物語っている。図書室へ続く扉だ。手をかけると、キーッと不気味な音が響いた。防音イヤーマフのおかげで不快ではないが、建付けの悪さには少し閉口してしまう。
でも、この場所なら誰にも見つからず、平穏を取り戻せるはず。ここに隠れよう、そう思った瞬間――。
「あ、いたいた」
扉を閉めようとしたところで、奏翔に足止めされてしまった。彼の足が割り込むと、引き戸はあっさり開け放たれ、逃げ道は完全に断たれた。心臓の音がますます大きく響き、鼓動が耳にこだました。
「この戸、建付けが悪いから誰も来ないんだよ。いつもは親友の楽采がいるけど、今日は来てないな」
珍しいなと奏翔は言いながら、図書室を見渡し、古びた長机に腰を下ろした。静かで、話し声も自然に耳に届く空間。私は一つ席を飛ばして座ったが、奏翔はすぐ隣に移動して弁当箱を開け始めた。距離が縮まり、胸の鼓動はますます速くなる。
ここで離れると、きっと怒っていると思われるかもしれない。そんなことが怖くて、どうしていいかわからなかった。
逡巡している私を強引に言いくるめると、奏翔は何事もなかったかのようにさっき来た道を引き返していった。
その背中を呆然と見送っていると、突然気づいた。弁当を一緒に食べることになってしまった、と。
どうしよう。誰かと弁当を食べるなんて未弦以外では初めてだし、しかもふたりきり、誰も来ない場所でなんて……。想像するだけで心臓が激しく動き、今にも爆発しそうだった。慌てて視線を右に移すと、古びた引き戸が目に入った。黄土色、深緑、漆黒、藍色……色とりどりのサビが長い歴史を物語っている。図書室へ続く扉だ。手をかけると、キーッと不気味な音が響いた。防音イヤーマフのおかげで不快ではないが、建付けの悪さには少し閉口してしまう。
でも、この場所なら誰にも見つからず、平穏を取り戻せるはず。ここに隠れよう、そう思った瞬間――。
「あ、いたいた」
扉を閉めようとしたところで、奏翔に足止めされてしまった。彼の足が割り込むと、引き戸はあっさり開け放たれ、逃げ道は完全に断たれた。心臓の音がますます大きく響き、鼓動が耳にこだました。
「この戸、建付けが悪いから誰も来ないんだよ。いつもは親友の楽采がいるけど、今日は来てないな」
珍しいなと奏翔は言いながら、図書室を見渡し、古びた長机に腰を下ろした。静かで、話し声も自然に耳に届く空間。私は一つ席を飛ばして座ったが、奏翔はすぐ隣に移動して弁当箱を開け始めた。距離が縮まり、胸の鼓動はますます速くなる。
ここで離れると、きっと怒っていると思われるかもしれない。そんなことが怖くて、どうしていいかわからなかった。