「お試しで1週間付き合ってるから、あと2日は隣にいられる。その後、もし迷惑だったら、ちゃんと離れるよ。でも、どうか隣にいさせてくれ。楓音には、笑っていてほしいから」
 俯いている私の顔を、奏翔が静かに覗き込んでくる。そして、彼はまっすぐな目で真剣な口調でそう言った。その言葉に、胸の奥がじんと温かくなる。
「お試しって、いっそもっと付き合いなさいよ。見てる感じ、お似合いじゃん」
 ほらほら、と未弦が私の背中を軽く叩いてくる。彼女の口角は上がっていて、からかっているようだ。
「そんなことないよ……」
 私は苦笑いを浮かべながら、未弦の視線をかわそうとするが、彼女の目は逃がさない。
「いやいや、マジでお似合いだってば!」
「でも……私、人殺しだし、耳もおかしいし、恋なんてする資格ないよ」
 きっと、たぶんそう。最低な私にそんなものはない。与えられるわけがない。心に刻まれた罪の重さが、私の未来を縛り続けている。もしこれが会社の面接なら、私は即不採用だろう。愛も幸せも、自分には遠い存在で、手を伸ばすことすら許されない。
「楓音は人殺しじゃない。それにたとえ人殺しだからって、耳がおかしくなっているからって、それがどうした? 難聴だろうが人殺しだろうが、恋しちゃいけないなんてルールがあるなら、それこそクソだ。楓音は楓音だ、それは変わらない。恋に資格なんて、必要ないんだよ」
 そう確信していると、奏翔は神妙な顔つきで説得してきた。その言葉と濃い琥珀色の澄んだ瞳に、磁石のように引き寄せられる。胸がじんと何かで満たされたかのように温かくなり、気づけば私は口を開いていた。
「こ、こんな私なんかでもよかったら……その1週間じゃなくて、その先も、付き合ってくれませんか?」
 緊張でしどろもどろになってしまった。なんという告白の仕方だろうか、と心のどこかで冷静な自分がツッコミを入れていた。
「おう。あと俺が言うのもなんだけど、私なんかって卑下しなくていいから、もっと自分に自信持て」
 奏翔は恥ずかしそうに軽く頭をかきながら言った
「確かに、譜久原くんはうちの前でいつも自分を卑下するようなことを言ってるからねー、自己評価も低いし」
 その言葉に未弦がクスクスと笑った。どうやら彼にとっては癖のように自然と出てしまうことらしい。それに、ピアノを止めた時も待ち合わせの時も、奏翔は自分を卑下する言い訳をべらべらと並べていた。今思い出すと、また笑みがこぼれてしまう。
「……うん」
 笑いをこらえながらも、私はそう口にした。奏翔は柔らかい笑顔を見せて「これからもよろしくな」と言って握手を求めてくる。それに反射的に首を縦に振った。