「楓音、あのキズ……」
 その時、奏翔が私の耳元でそっと囁いた。防音イヤーマフ越しに聞こえたその声は、静かでありながら確かに私の意識を引き寄せた。
……キス?いやいや、キズだ。
 何を勘違いしているんだ、と紅潮する頬を抑えながら、落ち着けと何度も自分に言い聞かせた。そして、すぐに奏翔が触れようとしているのがカッターでつけた足のキズのことだと気づいた。
「へ、今耳元で話してたよ。もしかして告白?」
「へ、そうなの?譜久原くんって結構大胆ね」
 未弦と弓彩には、どうやら何も聞こえていないようで、興味津々の瞳で完全に勘違いしている。両親も微笑ましく私たちを見守っているだけだ。その様子が場違いに感じて、なんだか気まずくなってきた。
 一番長く過ごしてきた幼馴染とその妹、そして両親。もちろん、奏翔以上に私のことをよく知っている。だからこそ、こんなことを見せるのがとても難しい。吐き気を感じたくはないし、いっそ一生隠し通しておきたいと思う。
 不安でいっぱいになりながら奏翔の顔を見ると、彼は優しく微笑んでくれた。手を握り返してくれて、まるで「大丈夫、怖くない」と言っているかのようだった。それがとても心強かった。
「違うの。私ね……ずっとこれ隠してた」
 そう言って、私は意を決してジーンズの裾をめくった。涙がこぼれそうになりながらも、未弦たちの顔を見る勇気がなく、強く目をつむった。
 その瞬間、間髪入れず誰かに包まれた感触がした。ぎゅっと強く、苦しいくらいに。
「いつも……いつもおかしいって思ってた。夏でも黒くて長い靴下履いてるし、体育の時だって……ズボンだけ冬用だったし、ずっとその理由を聞きたかった。でも……怖かったの。それを無理矢理めくったりしたら、楓音を傷つけちゃうと思って……」
 それは未弦の声だった。何度も聞き慣れているはずなのに、まるで初めて聞くかのような、悲しげで辛そうな口調だった。
「……未弦」
 思わず涙が滲み、心配してくれたことが痛いほど心に染みた。私はただ隠すことに必死で、醜い人間だと思われたくなかった。死にたい、消えたいと毎日のように泣き暮らしていることを知られたくなかった。その度にカッターで足を切りつけていたことも。
 自分が人殺しであるはずなのに、まるで被害者気取りのような自分が情けなくてたまらなかった。だからずっと隠し通してきた。それが未弦にとっては、もし開けてしまったら即座に爆発してしまうような爆弾だったんだ。
「ごめんね……ごめんね」
「いいの、いいの。むしろ、見せてくれてありがとう。これからは隠しごととかなしだからね」
 そう言って、未弦は私の体から離れ、柔らかい笑顔を向けてくれた。
「……うん」