「本当は十唱を殺したくなんかなかったんだけど、父さんが何も気にせずにおばあちゃんと過ごしてろって言うから、母さんもそうねって頷いて、二人とも全然私のことを見てくれなくて、つい八つ当たりしてしまった……今でもすごく後悔してる」
 私は未弦たちに真実を話した。ダイニングテーブルの上には、私の父さんの日記と真っ黒に塗りつぶされたスケジュール帳が広げられている。
 話している間、隣に座っていた奏翔はずっと私の手を優しく握り続けてくれていた。何度も不安が押し寄せ、そのたびに奏翔の顔を見た。彼はまるで私の背中を押すかのように、柔らかい笑顔で「大丈夫だよ、頑張れ」と言わんばかりに頷いてくれて、それがとても心強かった。それに私が言葉を選び間違えたこともあったが、彼がすかさず助け舟を出し、誤解のないように弁明してくれた。
 心の中では深いため息が出てしまう。こんなに彼のことが好きになっていくなんて、1週間だけじゃなく、もっとずっと隣にいたくなるじゃないか、と。
 その瞬間、まるでおばあちゃんが目の前に現れたかのような気がした。ひょっとしたら、おばあちゃんの置き手紙に書いてあった、天国から楓音にぴったりの人を探してあげるというのは奏翔のことだったのかもしれない。
「ちょっと待って」
 話が終わった途端、未弦はじっくり考え込むように唸りながら椅子から立ち上がり、奏翔に近づいた。
「なんで……なんで先に楓音の心を動かしたのがうちらじゃなくて、奏翔くんなの?うち、なんでバイオリン弾いてたかわかんなくなっちゃったじゃん!」
 未弦はそう叫び、黒く澄んだ瞳で奏翔をギロリと睨む。
 確かに言われてみればその通りだ。私に関わっている時間は未弦の方が圧倒的に長い。それなのに、まだ1週間も経っていない奏翔が、私のパンドラの箱を開けてしまったのだ。
 この事実を考えると、もし未弦が男で、長年私と付き合っていたカレシだったら、間違いなく奏翔に手を出していたに違いない。普段は誰にでも優しく姉御肌な未弦が、私にヤキモチを焼くなんて。そんな意外な一面が見えて、私はますます未弦に親近感を覚えた。
「ホントだよー、信じらんないー!楓音は弓彩の義姉なんだからー。弓彩がお姉ちゃんと協力してパンドラの箱開けようって頑張ってたのにー、約束してたのにー」
 弓彩もそう言って奏翔の胸をポカポカと叩いている。奏翔は困ったような笑みを浮かべているが、痛くはないようだ。
「あらあら」
「まぁまぁ」
 そんな姉妹を見て、両親は微笑ましいと言わんばかりにクスクスと笑っていた。
「弓彩、離れるよー」
 あまりにもやめようとしないので、未弦がその体を引き離した。弓彩はそのことに「えー、だってー」と口をペンギンのようにしてぼやいていた。