本当は私も未弦のように血のつながった弟が欲しかった。心からその世話をしてあげたかった。
 もしこの世界に神様がいるのなら、十唱の笑顔を少しでも私に見せて、声を聞かせてほしい。幽霊になってでもいいから、私の前に現れてほしい。そしたら、土下座をして謝る。許してほしいなんて思っていない。それでは済まされないことだから。人殺しだと非難されても仕方ない。
 もし十唱が未練を抱えて成仏できずにいるのなら、私がその手助けをする。でも、十唱が生まれてもいないということは、物心がついていないのと同じだから、未練はないのかもしれない。ただ、母の顔を見たいとか、外の世界を少しでも見てみたいとか、そんなことがあったかもしれない。
 私は十唱を殺した一人だから、その手助けをする権利も資格もないのかもしれない。でも、それでも十唱の笑顔や声をもう一度見たい、聞きたい。
 でも、未弦はそんな私を許してくれるだろうか。これからも幼馴染で、私にとって唯一無二の友達で、未弦の自慢の友達でいられるだろうか。弓彩とも向き合い、姉として関わっていくことを許してもらえるだろうか。
 未弦が私を許してくれたら、私たちの関係はどう変わるのだろう? それでも、私は未弦が本当に私を受け入れてくれるのか疑っていた。自分の罪を背負ってまで、未弦がどうしてそんなに優しくしてくれるのか、不安でたまらなかった。
 そんなことを考えていた時だった。
「知ってたよ、未弦先輩は」
 ふと隣に座っていた奏翔が口にした。その声は未弦にも届いたようで、彼女はその場から立ち上がり、静かに首を縦に振った。予想していなかった言葉に私は目を丸くした。
 奏翔は、私の心の中で渦巻いていた不安を、まるで読み取ったかのように言葉を続けた。
「楓音に本当の兄弟ができることを知ってたらしい。でも楓音のお母さんに聞いても、なかなか答えてくれなかった。でも、あのお腹が大きかったことだけは覚えてるらしい。でも、楓音が口にすることはなかったから、ずっとおかしいと思ってた。隠して育ててるのかなって思ったこともあったし、自分がそのことに無自覚だったことが情けなかったんだって」
 その言葉を聞いた瞬間、私の胸の中に何かが温かく広がるのを感じた。未弦は、私が言えなかったこと、伝えられなかったことを、こうして受け入れてくれているのだろうか。
「たとえ十唱を殺した一人だとしても、十唱が来世で幸せになってほしいと思ってる?ずっとそう願ってくれる?」
 奏翔の問いに、未弦は私に近づき、涙を浮かべながら懇願した。私は何も言えなかった。言葉が出なかった。ただ、心の中で必死に答えていた。
「思うよ。これからずっとそう願う」
 その瞬間、未弦の顔がほんの少し緩んだように見えた。そして、静かに言った。
「なら、許す」
 その言葉に、私は驚きのあまり言葉を失った。ずっと、自分が許されることはないと感じていたから、その瞬間、胸の中に小さな希望が生まれた。
「本当にそれだけでいいの?」
「うん、いいの。嫌ったり、避けたりなんてしないよ。だから、これからもずっと幼馴染で、うちの自慢の友達でいてほしい。避けていた理由はわかったから、これからはうちを避けないでよ」
 未弦の言葉には、確かな思いが込められていた。彼女の不安そうな顔を見て、私は深くうなずいた。
「うん、約束する」
 母さんの手を優しく握っていた手を離し、未弦と握手を交わした。そのとき、未弦は私の母さんの手を握りながら、静かに言った。
「たとえ十唱を殺した一人だとしても、まだ楓音と生きたいと思っているなら、目を覚ましてほしい」
 未弦の言葉は、胸に響いた。しかし、しばらく待ってみたが、母さんは目を覚まさなかった。映画や小説、ドラマのような感動的なことは現実では起こらない。ただ、私はいつか目を覚ますと信じたかった。
「じゃあ、楓音の家に戻ろうか」
 未弦は母から手を離し、弓彩と両親に声をかけ、立ち上がらせた。私は思わずツッコミを入れそうになったが、未弦が言った。
「ここに長居するのもよくないし、何で母さんの肩を押したのか、どうして聞こえ方がそうなったのか、全部一から十まで教えてもらうからね。あと、譜久原くんとの恋バナも聞かせて」
 それから「はいはい、行くよー」と未弦は私の手をぐいっと引っ張った。弓彩も両親も、聞きたいと懇願してきた。
「わ、わかったから離してよ」
 そう言いながら、みんなで病院を後にした。