「いいよ、そんなの。私だって弓彩に惚れて、この子に笑っていてほしいって思ってたから」
 未弦は柔らかく微笑みながら答えた。彼女の表情には、過去のすれ違いを許し、もう一度つながろうとする温かさが込められていた。
「それでさ、未弦先輩は楓音が本当に弓彩さんの姉みたいに接してくれて、すごく嬉しかったんだって。赤ちゃんだった弓彩さんをあやすのも上手だったらしいし、未弦先輩の両親は楓音に負担がかかるんじゃないかって心配してたけど、楓音は全然気にしてなかった。それに、おばあちゃんとよく過ごしてた話もあったよ。買い物に付き合って荷物を持ったり、一緒に料理を作ったり、電車では周りに席を譲るよう促してたらしい。未弦先輩はその優しさに憧れて、自分も誰かに優しくしようって決めたんだよ」
 奏翔の穏やかな声が、静かに耳に響いた。その上、優しく頭を撫でられながら言われると、なんだか褒められているような気がして、胸が温かくなった。
 そういえば私は、人見知りなのに、おばあちゃんのためなら自然と動けていた。彼女だけは私を見てくれた唯一の人だった。
「いいからいいから」と私が言うと「あら、そうなの?いつもありがとうね」と、顔のシワをクシャっとさせて微笑むおばあちゃん。 
 その笑顔を見るたびに、心の中に小さな灯がともるようだった。母さんや父さんが私を見てくれなくても、おばあちゃんだけはいつも私の味方でいてくれた。それが、どれほど私を支えてくれていたか――おばあちゃんが亡くなったとき、その支えが消えて、私は何ヶ月も心が空っぽだった。未弦がずっと話しかけ続けてくれたからこそ、私はあの虚無から立ち直ることができたんだ。
「楓音は人見知りで怖がりだけど、未弦先輩だけは特別で、ほかの友達は作らなかった。でも、未弦先輩はいつの間にか人気者になってたから、楓音はずっと幼馴染でいたいって思ってた。未弦先輩は楓音の自慢の友達だから、隣にいてほしいんだってさ」
 奏翔は私の頭を撫でるのをやめ、今度は私の片手を優しく包んで、目をしっかり見つめてきた。その柔らかく微笑む口には、まるで「本当は寂しかったんだろ?もう我慢しなくていいんだよ」と語りかけるようだった。
 未弦も席を立ち、もう片方の手を優しく握ってくれる。その優しい微笑みに、私は心がほどけていくのを感じた。
「ありがとう。分かったよ、話すね」
 そう言うと、胸に溜まっていた涙が自然と溢れ出し、静かにそれを拭った。